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『こわれた腕環』 アーシュラ・K. ル=グウィン [読書・海外]

ゲド戦記、第2作。
原題は、「The Tombs of Atuan」(アチュアンの墓所)。

濃密な文章。とっつきのいい物語ではありません。
それなのに、この本を名作と評価する方が大勢いる。
それが何だか嬉しい。
私はこの本の厳しさが好きです。

暗闇の中で物語は進みます。
アルハは自分の名前を取り戻し、
囚われの生活から、飛び出す。
闇から日の射すところへ。
与えられた大巫女としての人生から、
自分のあるべき人生へ。
少女の揺れ動く気持ちが丁寧に描かれていきます

 

アチュアンの墓所の大巫女、アルハ。
アルハは喰らわれし者を意味します。
大巫女となったときに、それまで持っていた名は、
彼女が仕える名なき者の手に返される。
なぜなら、その子供は名前というものの一切無い
「永遠に生まれ変わる巫女」
となるからです。
大巫女として暮らすアルハ。
閉ざされた世界で暮らす彼女の生活が綴られていきます。

アルハは地下の大迷宮の静寂と闇を支配する。
ある時、地下に侵入者がいることに気づく。侵入者はゲド。
ふたつに割れたエレス・アクベの腕環のかたわれを探しにやって来た。

アルハは初めて外からやって来た男と出会う。
掟に従わず、ゲドを殺さなかったところから、
彼女の心は揺れていきます。
それは大巫女としての立場より、
ひとりの人間としての気持ちが勝ったから。
この時、彼女は与えられた役割から抜け出すための
一歩を踏み出してしまった。
アルハからテナーへ。

ゲドの処遇に関して大王の第一巫女コシルと対立する。

コシルは名なき者たちは古びたと言う。
「彼らは昔のものになり、信仰も忘れられて
残るはわずかにここだけとなりました。
力も弱まり、彼らはもはや影にしかすぎません。
その彼らに何ができるものですか。」
コシルは名なき者たちや神々をあがめてはいなかった。
大事なのは権力。

時の権力者大王の神殿が
きらびやかに飾り立てられているのに比べ
名なき者の玉座の神殿は荒れ果てたまま、修理もされない。

しかしゲドは闇の力を信じている。
名なき者にでくわした事があるから。
彼らは永遠不滅のものだが、神ではない。
人間に崇拝される値打ちなど少しもありはしない、
とゲドは言います。
「名なき者はちゃんといるさ。
だが、彼らは決してあんたの主人なんかではない。」
「あんたは自由なんだよ、テナー」

墓所を出ていく決心をするテナー。
ゲドがアルハを「テナー」と呼ぶ。
名前を取り戻したテナーの喜び。
そして、ゲドが自分の名を告げたときにテナーは決心する。

ここからは訳者、清水真砂子さんのあとがきを引用します。

それにしても、自分の生きてきたことの意味を考え、
未知なる世界への不安におびえ、
自由の重さに逡巡するテナー、
ゲドに向かってひそかにナイフを握りしめたテナーには
思わずどきりとさせられます。
余りに私たちの真実をついているがゆえに。
困難とは知りつつ、
アルハからテナーへの道を決意して選び取った少女が、
なおためらい、自由の重さにうちひしがれそうになるその姿は、
真に自立して生きていくことのいかにむつかしいかを
あらためて私たちに思い知らせてくれます。

「向こうへ行っても、わたしといっしょにいてくださる?」
私が必要になったら呼んでくれ。
しかし
「いつまでも、あんたとだけいるわけにはいかないんだ。」

作者はゲドに甘いだけの言葉を言わせたりしない。
腕環を手に入れたゲドにとって、自分は用のない人間なのか、
置き去りにするつもりなのか
とテナーが思ってしまうのもムリのないことです。
命綱のように思っている男に裏切られた気持ち。
女性として男性に対する感情も混ざっていることでしょう。

「あんたは、決して、残酷や闇に奉仕するために
生まれてきたんじゃない。
あんたはあかりをその身に抱くように生まれてきたんだ。」

テナーは自由を手に入れた。
しかしそれは簡単なことではありません。
自由を手に入れるまでも、そして手に入れてからも。

こわれた腕環―ゲド戦記 2

こわれた腕環―ゲド戦記 2

  • 作者: アーシュラ・K. ル・グウィン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/01
  • メディア: 単行本

 


 


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コメント 4

KANAchanMaMa

『ゲド戦記 影との戦い』を まだ読み終えていないのに、ジブリ映画の公開が
迫ってきて 焦りまくっております。(-_-;)
なるほど~。。。と、ここで カンニングしておこう!(ーー;)
ジブリ映画で 「テナー」の吹き替えを 風吹ジュンさんが 演じられますが、
こんなイメージなんでしょうか?!…なんて聞いちゃったりして。。。(^_^;)ゞ
by KANAchanMaMa (2006-06-27 21:54) 

miyuco

>KANAchanMaMaさん
映画のテナーは大人になってしまってますね。
『こわれた腕環』ではまだ少女なので、どうなのかな。
公開迫ってますよね☆
私はまず『ブレイブ・ストーリー』から見に行かなくては。
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2006-06-28 16:44) 

ゲド戦記の中で、意外にも第2巻が好きな私です。異教の話で、ゲドはいぢめられているし(いや、弱っているだけ)、テナーは可愛いけど小憎らしいし…。
でも、外の世界を知らない少女に、自分と違う世界を見てみるよう、一歩を踏み出すよう、決心を促すこの厳しいお話が好きです。
一環してゲド戦記は厳しい話だと思います。己を見つめ、先へ進め、というメッセージが含まれているような気がします。
TBさせていただきます。よろしくお願いします。
by (2006-07-13 11:37) 

miyuco

>灰色猫のミミさん 
女性が異性としての男性に出会う話でもありますね。
ゲドはテナーを導きますが、彼女を全面的に庇護する立場には
なりません。揺れ動くテナーの感情も丁寧に描かれていました。
厳しいですよね。
by miyuco (2006-07-13 14:48) 

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