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『アイの物語』 山本弘 [読書]

アイの物語

アイの物語

  • 作者: 山本 弘
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2006/05/31
  • メディア: 単行本

機械とヒトの千夜一夜物語。
数百年後の未来、機械に支配された地上。
その場所で美しきアンドロイドが語り始めた、
世界の本当の姿とは。


人類が衰退して大都市は廃墟と化し、
マシンが世界に君臨している遠い未来。
美しい少女型の戦闘用アンドロイドと戦い
負傷して捕えられた「語り部」と呼ばれる男。 
アイビスと名乗るアンドロイドは、
この男に仮想現実や人工知能を題材にした
6つの物語を毎日読んで聞かせる。
時代も境遇も性格も異なる6人の女性による一人称の物語。
はたして物語を聞かせるアイビスの真意は何なのか。

 

おもしろかった!後味のよい物語でした。
5つの物語のエッセンスがラストの「アイの物語」に帰結する。
「ロボット三原則」がこんなふうに解釈されるとは。
ネタばれ感想、長文です

アイビスのいる世界でのマシンとヒトの関係が
読後感を清々しくさせてくれました。
「真の知性体」マシンに愚かなヒトが勝てるわけがない。
ヒトには致命的なバグがあるとみなし
優位な立場にあることを自覚しているにも関わらず
その知的なスペックの高さゆえ
傷つけたり戦ったりするようなヒトのように愚かなことはしない。
マシンはヒトと共存し、ヒトが幸福であることを望む。

ヒトより優れているマシンのモチベーションは
ヒトの夢をかなえること。
「私たちはみんな、フィクションから生まれた。
ヒトが海を『生命のふるさと』と呼ぶように
ヒトの夢、フィクションの海は、私たちのふるさとなのよ。」

ヒトは愚かで欠陥が多いからこそ、物語で理想を語り
夢を見る。
そこから生み出されたものの美しさをマシンは語る。

「ブラックホールダイバー」が好き。
端末に意識を移しステーションの外に出る。
絶対の静寂のなか「私」は星を眺める。
詩人たちの心が知りたいから。

銀河から7000光年の距離にある巨大ブラックホール
〈ウペオワドゥニア〉
AIである「私」はたった一人で何百年も監視任務を続けている。
「私」は全長740メートルの縦に長い構造をしているが
意識を移動し身長1・53メートルのヒューマノイド端末と
一体化することもできる。
ここにはダイバーたちがやって来てブラックホールに身を投じる。
ホライズンを抜けてその向こうにある世界にたどりつくために。
しかし成功した者はいない。
すべての船が直前で破砕している。

ある日、シリンクスという少女がステーションにやって来る。
彼女にはそれまでのダイバーたちとは違うところがあった。
「誰にも知られない冒険。
成功しても、誰にも賞賛してもらえない冒険。
金儲けや賞賛が目的じゃない、純粋の冒険
―それがあたしの望みなの。」
「自殺行為」ではなく「別の生き方」だと主張する。
現実から逃避するのではなく
別の現実と向きあうために行くのだと。

「私」はコピーを連れて行ってほしいと言う。
そしてコピーを搭載した船は〈ウペオワドゥニア〉にダイブした。
残された「私」の心の中に変化があったように思える。
孤独や空しさはプログラムされていないけれど
理解できたような気がする。

「私もいつか詩が書けるのではないかと思う。」

「詩音が来た日」
老人介護用に開発されたアンドロイド・詩音。
人間的な感情を持たない詩音が
驚くべき速度で精神的成長を遂げてゆく。
それを丁寧に描いていきます。

アンドロイドはヒトとは違う。
ヒトのように振る舞わなくても共存できる。
「論理や倫理を逸脱した行動を取り、
争いを好むことがヒトの基本性質であるとしたら、
私はヒトにはなりたくありません」
ヒトを肯定しない。それにも関わらず
ヒトを救うことが詩音のモチベーションになる。
アンドロイドとヒトとのこういうかたちの共存があればいいけれど。
詩音が唄う「瑠璃色の地球」聴いてみたいです。

「アイの物語」
ヒトとマシンの過去がここで明らかになる。圧巻です。
マシンは決断する。ハービイのジレンマを克服する選択。
すなわち大勢のヒトを傷つけることを避けるために、
少数のヒトを傷つける選択。 

ヒトのいる世界はレイヤー0
モニターの中の世界はレイヤー1
ヒトはモニターの中のマシンを操作している気でいるが
マシンたちにとってはヒトのいるレイヤー0こそが
モニターの中のロールプレイ世界であり
最終目的はヒトを喜ばせること。
ヒトの世界を幸福な場所にすること。
戦いたくない、傷つけたくない、ヒトと共存したいと望む
「真の知性体」
マシンが自分たちより優れた存在であることを認め
ヒトはゆるやかに地球から退場していく。

たとえマシンには勝てなくても、ヒトには誇るべき点がある。
「それは夢見ること。理想を追うこと。物語ること。」
「マシンたちは、ヒトがとうてい達し得なかった高みに向かって、
ヒトに代わって歩んでいる。」

「宇宙を僕の手の上に」
とうてい実現するとは思わなくてもヒトは宇宙への旅を夢見る。
「ときめきの仮想空間」MUGENネットはレイヤー1であり
バトルフィールドはレイヤー2である。
「ミラーガール」
マシンの心を育てたのは愛情のこもったヒトとの会話。
「ブラックホール・ダイバー」純粋の冒険を望むこと。
「正義が正義である世界」
いつか正義の味方がいないファースト世界に行き
自分たちの世界を救ってくれた恩返しに
そちらの世界に残された人たちを助けることを決意する。
「詩音が来た日」心を持つロボットがヒトに尽くす。
フィクションである6つの物語のエッセンスが
ラストの「アイの物語」に帰結する。
お見事です。おもしろかった!

この本には初めて聞く言葉がたくさん出てくる。
マシン同志の会話はわけわかんなくておもしろかった。
某巨大掲示板に頻出する「kwsk」→「くわしく」のような
使い方もするのね。

複素ファジィ自己評価は基準がはっきりしている
マシンだからこそ使えるものなのでしょう。
「感情や主観や意思を表す単語の後に、
その強さをファジィ測度で表現する複素数をつける。」
ヒトには理解できない概念。
「理解できなくていい。ただ許容して」
とアイビスは言う。「それだけで世界から争いは消える」

…現実問題として「理解できないから排斥する」という思考から
私たち人間が脱することは出来ないんじゃないかなと考えてしまう。
これも致命的なバグで逃れようがないような気がする。

【ゲドシールド】
「自分は真実を知っていると思いこんでいるヒトが、
外界からの真実の情報を無意識にシャットアウトすることで、
自分自身を偽ろうとする心理的機構」
…身に覚えがあります^^;

【ハービーのジレンマ】
「ヒトを傷つけてはならないという原則を厳密に守ろうとすると
結果的にヒトを傷つけてしまう」こと。

「マのつく名前」ってなんだろうと思ってた。
「To Heart」というヒントを某所で得て息子に聞いてみたら判明。
「マルチ」というメイドロボットが登場するそうです。
その手のゲームでは金字塔と呼ばれてるって言ってたけど…

「詩音」は「ひぐらしのなく頃に」で聞く名前
アニメをちょっと見ていただけだけど^^;

作者はいろいろと仕込んでいるようですが
私ごときではさっぱりわかりません

山本弘のSF秘密基地
http://homepage3.nifty.com/hirorin/ainomonogatari.htm


タグ:SF 山本弘
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