SSブログ

『雨の音がきこえる(ラ・レッセー・イデン)』 大島弓子 [大島弓子]

『雨の音がきこえる(ラ・レッセー・イデン)』 
1972年別冊少女コミック10~11月号掲載

これを読んだのは小学校六年生の頃
母が交通事故にあったという報せを受け
幼い妹を背負って主人公が家まで走る場面。
少女マンガではよくあるパターンなのに
この作品では泣けて泣けてしかたなかった。
主人公の感情とシンクロした経験はこれが初めてでした。

一気に回想シーンに飛ぶコマ割り
いきなり失われたものがどれほど大切なものだったのか
胸に迫ってきました。

大島弓子選集第2巻「ミモザ館でつかまえて」のあとがきに
「ステロタイプマンガ」と大島さんは書いてます^^;
ごちゃごちゃした絵とごちゃごちゃしたセリフ
洗練とはほど遠い作品ではあります。
いま読むのはちょっとつらいかもしれない。
「余白恐怖症」とご自分で言っていた時期かな。

縦横無尽に回想シーンに飛んでいき
そこに詩篇のようなモノローグがかぶさるという手法は
大島さんの作品にはかかせないものです。
萩尾望都さんの初期の作品にも見受けられますが
特に木原敏江さんがとても印象的に使っていたと思います。

主人公・秋子は四人姉妹の三女。
自分ひとりができそこないだと感じている。
(ゆえにサブタイトルは「劣性遺伝」)
姉ふたりは名門高に通う才色兼備
小学生の妹はしっかりしている。
秋子はなにをやってもうまくいかず母に叱られるばかり。

秋子のクラスに美しい転校生がやってくる。
なにかとちょっかいを出してくるこの美少女により
秋子は自分の出自を知ることとなる。
しかしかえって家族の温かさに気がつく。

父は売れない小説家、母が家計を支えている。
後半、母が事故で急死する。
母のかわりをつとめようと秋子は奮闘するが
何もかもが空回りしてしまう。

妻と幼い子どもたちと一緒に散歩にでかけた
賑やかな日々を回想するシーンにかぶさるモノローグ

ーもう思い起こさすな
思い起こさすな…
やさしいすぎた時を

ラストシーンにも出てくるこのモノローグは
バイロン「想いおこさすな」からの引用です。

思い起こすな
あのやさしいすぎた時を
わたしはすべて忘れたことはない…

やがてわたしも忘れはてられ
くずれゆく石のように
心ない存在となるまで

「想いおこさすな」 Remind Me Not, Remind Me Not
by Lord Byron

想い出を、呼びおこすまでもない、
あの懐かしい、過ぎた時を
わが心のすべてが君にそそがれた時を
私がわすれることはないのだ―
ふたりの生命(いのち)の力を「時」がうばって
君と私が、世にいなくなる日まで。

Remind me not, remind me not,
Of those beloved, those vanish'd hours,
When all my soul was given to thee;
Hours that may never be forgot,
Till Time unnerves our vital powers,
And thou and I shall cease to be.


― 中略 ―

あの時は、永久(とわ)に去ってしまったが
いまもなお、うるわしい夢はたち浮かぶ
想い出を、呼びおこすまでもない
やがて、君も私も世に忘れはてられ
ふたりのはかない生命(いのち)をものがたりながら
崩れゆく石のように、無心のものとなるまで。

Then tell me not, remind me not,
Of hours which, though for ever gone,
Can still a pleasing dream restore,
Till Thou and I shall be forgot,
And senseless, as the mouldering stone
Which tells that we shall be no more.

                        阿部知二訳 新潮社バイロン詩集


「くずれゆく石のように 心ない存在となるまで」

「雨の音がきこえる」ではこうなっています。
大好きなフレーズ。
読んだときからわたしのなかにずっととどまっています。
くずれゆく石のように心ない存在となるまで、きっと忘れないと思います。

やがて、君もわれも世に忘れはてられ
われらのはかなき生命ものがたりつつ
崩れゆく石のごと心無きものとなるまで

0513 004.jpg

回想で再現された幸福だった日々の一場面
最後のコマを見るともうボロ泣きでした。




nice!(3)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:コミック

nice! 3

コメント 10

しーちゃん

この作品、リアルタイムで読みました。実は今も切り取って持ってます。
(miyucoさんは私より3歳ほど若いですね)
ラストシーンのモノローグがバイロンの詩だったとは初めて知りました。
阿部知二訳より、この作品の「くずれゆく石のように 心ない存在となるまで」の方が、こなれていて、口調もいいですね。
そんな詩篇のようなモノローグがちりばめられているのも魅力でしたね。
by しーちゃん (2008-05-15 01:58) 

おきざりスゥ。

〉主人公の感情とシンクロした経験はこれが初めて

スゥ。は同じ72年DOZIサマの〈くれないに燃ゆるとも〉で仮想物語に心を揺さぶられて泣くという体験を初めてしました。

互いの後の画風からは想像が難しいけれど親友だった2人は当時ちょっと似た作風でしたね。
上唇の描き方や手の使いかた登場人物が焦る際の表現は絵の感じも似ていました。
ユーミンの原稿にはDOZIサマのキャラが散見されるし台詞の云い回しにも似たリズムがあります。
DOZIサマがバイロン好きなのも知られた話で〈銀河荘なの!〉には主人公ビクトリアが「パパはねーひとに天才と呼ばれたのよ!バイロンと同じ年で死んでねー!!」と父フィリップを語る場面もありましたっけ。

今でも交流はあるのかしら?
DOZIサマがユーミンの手塚治虫文化賞短編賞受賞を祝って食事でもしながら(miyucoサンとスゥ。がDOZIサマやユーミンの話をするように)バイロンについて語ってたりしたら嬉しいなー
by おきざりスゥ。 (2008-05-15 16:07) 

miyuco

>しーちゃんさん
きゃあ~切り抜きを持ってらっしゃるんでか[!?]
そんな方にお会いできるなんて、ネットってすごい!
感動[ぴかぴか]
大島弓子さんをお好きな方でも初期の作品はちょっと…という
話はよく聞きます。単行本や文庫になってしまうと
コマが小さくなってしまって読みにくいのかもしれません。
私もリアルタイムではなく後で読んだとしたら
どう感じたのかなと思うときがあります。
「くずれゆく石のように 心ない存在となるまで」
バイロンの詩ですが「雨の音がきこえる」という作品にこめられた
大島さんの言葉として私の中にとどまっています。
nice!とコメントありがとうございました!

by miyuco (2008-05-15 18:48) 

miyuco

初期の頃の木原さんと大島さんの作風は
共通点がありましたよね。それがどんどん洗練されていって
それぞれ違う形で花開いたのですよね。
木原さんのラストシーンにはいつも泣かされました。
「雨の音がきこえる」にも木原さんが手伝っていたようで
背景に「DOZI」と書いてあります^^
nice!とコメントありがとうございました♪


by miyuco (2008-05-16 17:14) 

びっけ

こんにちは。
この作品、覚えてます。
初めて読んだときに、私も泣きました。
久しぶりに選集を引っ張り出してきて読みかえしてみて・・・
やっぱり、泣けました。

これを読んだのは何歳の時か覚えていないのですが、
なんとなく、秋子は血の繋がらない父と結婚するのかなぁ・・・
などと大それたことを考えて読んでいました。
それはあまりにも考えすぎでしたね。

読み返して、秋子がB型だと知って、ものすごく合点し親近感がわきました。
(^^;
by びっけ (2008-05-17 08:49) 

miyuco

びっけさん、こんにちは。
泣けますよね、この作品。
お父さんが妻をどれほど大切に思っていたのか
途中までは伝わってこないので、
再婚するのかなと私も考えたりしましたけれど
それが回想シーンで父親の気持ちが強く伝わってきて
それはないと思うようになりました。
大島さんの初期の作品にはこの秋子のように
一生懸命でじたばたしている女の子がよく出てきましたよね^^
nice!とコメントありがとうございました!


by miyuco (2008-05-17 19:02) 

おきざりスゥ。

そっかー。びっけサンてB型だったのかー…
ビイガタ B型 Bけい びーけい びっけぃ? びっけ!?
バンザ‐イ!ばんざーい!バンザ~イ!\(^o^)/
by おきざりスゥ。 (2008-05-19 13:36) 

miyuco

ふふふっ、最初はゆっくりした方というイメージがありましたけれど
シャキシャキ、てきぱき系の方だとだんだんわかってきました^^
時間を有効に使う方でなくてはほぼ毎日更新して
たくさんのコメントに丁寧な返信をすることは難しいと思います。
こういう人もいるんですよね。

sknysさんがスゥ。さん好みのドラマを教えてくれました。
日テレの「2クール」をチェックしてみてくださいませ。
小林聡美、もたいまさこ主演の深夜ドラマです。
…もう知ってるかしら?

by miyuco (2008-05-19 17:29) 

おきざりスゥ。

〈2クール〉知りませんでした~(;_;)
さっそく日テレ携帯サイトへ行ってみましたところ既に6話か7話分の放送が済んでしまっている模様…(--;)ガァン!!
でも大丈夫!
“Music&Videoチャネル・ストリーミングによる無料全編配信中!”…ってダメぢゃん(>_<)
ほんとにデジタルデバイスゥ。…(T-T)
sknys氏のオススメってmiyucoサンのサイドバー掲示板あたりへの情報?
それも見られないものねぇ…(+_+)
(しかも日テレ系列は名古屋圏では中京テレビなのですが局HPの携帯サイトには地元制作番組の情報しか出ていないため同じ曜日の同じ時間に放送されているかどうか確認できませんでした…向こう3日分の番組表しか載ってないんだもの(-_-)
ぁぁ雨の音がきこえるゎァ…
by おきざりスゥ。 (2008-05-19 23:44) 

miyuco

>スゥ。さん
sknysさんには「かもめ食堂の」コメント欄で教えていただきました。
http://miyuco.blog.so-net.ne.jp/2007-04-13-1
どうも中京テレビでは放送されてないみたいです。
残念(v_v。)
ネット復活後のお楽しみですね。

包丁で小指の先をちょんぎってしまった…
「A」が打てなくてもうヤダ
私も雨の音がきこえるゎァ…

by miyuco (2008-05-20 22:02) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0