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『黒と茶の幻想』 恩田陸 [読書]

「恩田陸の全てがつまった最高長編」
と書いてあるのをいろいろな所で見ていて
読みたいとは思ったものの
なかなか物語に入りこめずに何度か断念^^;
でも少し読みすすめるとそこにあるのは紛れもなく恩田陸world
なんとも魅力的なストーリー展開でした。
おもしろかった!

太古の森をいだく島へ
学生時代の同窓生だった男女四人は、
俗世と隔絶された目的地を目指す。
過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、
梶原憂理を浮かび上がらせる。
あまりにも美しかった女の影は、
十数年を経た今でも各人の胸に深く刻み込まれていた。
「美しい謎」に満ちた切ない物語。

旅のテーマは「非日常」
「美しい謎」を解明しようと彰彦は言う。
「過去」の中にこそ本物のミステリーがあると。
「時間に、記憶に、街角に、蔵の隅に、
音もなく埋もれていくものの中に「美しい謎」がある。」
「過去を取り戻すための旅」が始まる。

第一部 利枝子
第二部 彰彦
第三部 蒔生
第四部 節子

Y島の森を歩く旅が語り手を変えて綴られていきます。
読み始めはどうも四人のキャラクターがうまく掴めなくて
なかなか物語に入りこめなかった。
しかし森に幻惑されたかのように
四人が己の心の中の森を彷徨いはじめると
そこからはもう読み手の私までが幻惑されたかのように
読む手がとまらなかった。

最も謎なのは自分の心の奥底にあるものかもしれない。
当の本人にはなかなか見えないものが
スリリングにあぶり出されていきます。

登場人物に語られるだけなのに
憂理そして彰彦の姉・紫織の報われない想いと
壮絶な生き方が強く印象に残ります。
「麦の海に沈む果実」という作品のイメージが
憂理にまとわりつき、なおさら切ないです。


「第一部 利枝子」
利枝子と蒔生はかつて恋人同士であり苦い別れ方をした。
「恋人が自分の親友を好きになった」
利枝子の親友「憂理」を蒔生が好きになった
それが二人が別れた原因。
セミプロの舞台女優だった憂理が卒業記念に
一人芝居を公演したあの夜以来彼女とは連絡がとれない。
生きているのか死んでいるのか。
「森の中には、生者と死者が混在している」

公演終了後、憂理と蒔生がもめている所を見たと
節子から聞かされた利枝子は
ふたりの間に自分の知らないトラブルがあったらしいと知る。

様々な謎が提示されるこの旅で
最も「美しい謎」とは憂理のこと。
そしてその鍵を握っているのは
四人の中で一番謎めいた存在である蒔生のようです。
それぞれの胸の内にある「謎」を解くために
時として心理的駆け引きの緊張をともなう旅になっていく。

こういう展開になると恩田陸の手腕は冴えわたります。

以下、覚え書きです。長すぎです…

 

「第二部 彰彦」
育ちがよく容姿端麗と形容される彰彦。
憂理と遠い親戚関係にある彰彦は
憂理が死亡したという噂を風の便りに聞き
彼女の生死に蒔生が関わっているのではないかと
直感する。

彰彦の恐れているものは「紫陽花」
利枝子の優れた人間観察が展開されます。

一見凡庸に思えた利枝子が実は聡明であり
しかし利口な自分を疎ましく思っているような節があると
徐々に分かってきます。
知りたくないことには無意識に目をつぶってしまう。

「第三部 蒔生」
「この旅は面白い。もしかすると、俺にも少しは分かるかもしれない。」
「長年の謎だった、自分の正体が。」
親切な人間だが思いやりのある人間ではない。
破滅願望がある人でなし。

憂理の決して自分の求める愛を得られないと知っている目。
彰彦の姉、紫織もそうだった。
自分もそうだ、愛されることを知らない人間の目だ。

憂理と蒔生の間に何があったのかが語られる。
しかし利枝子にはある部分だけ絶対に隠し通さなければならない
蒔生はそれをやり遂げ真実に近い物語を聞かせるにとどめる。
しかし聡明な利枝子がそれに気づかないわけがない。
蒔生を糾弾する。
「蒔生の恋人である利枝子」ではなく
毅然とした本来の気質をあらわにした利枝子に
「俺はやはりこの女をずっと愛していたと。」
蒔生はこの瞬間、断言することができる。

利枝子にはわからなかったのだ。
蒔生がこよなく愛していたのは利枝子のどこなのかを。
本人は逆に蒔生の憧れていた部分を疎ましく感じ
(意識しているのか無意識なのか)封印してしまっていた。
他の男ならば封印した女の方を好ましく思うかもしれないが
蒔生はそうではなかった。
なんだか痛ましい二人です。

蒔生は人でなしではない。
憂理が破滅していった理由を知れば
利枝子まで流砂にのまれてしまうかもしれない。
それをなんとかくい止めた。

「第四部 節子」
情緒が安定している節子。
彰彦も真っ直ぐな気性。
ごく平凡な女性に思えた利枝子が
実は揺らぎを抱えていることがわかってくる。
「愛されることをしらない」と思っている蒔生は
「自分以外誰も愛していない男」だと節子は言う。
そんな利己的な男に節子が突きつけた言葉は
蒔生の輪郭をはっきりさせたようでした。
愛されていることを少しは実感できたのかな。

自分の心に潜んでいる感情に気づかない
あるいは目を背けているだけなのかもしれない。
繰り返しこのモチーフが現れる。

蒔生と憂理はいびつな形で惚れあっていると節子は言う。
ふたりの報われない恋の相手は利枝子。

蒔生は利枝子が自分を見ていないと感じている。
利枝子は蒔生の表層的な部分しか見ていない
決して全てを愛しているわけではない。
彼女は蒔生の中に自分の望む部分しか見ないようにしていることに
気づかないふりをしている。これも節子の見解。

利枝子は憂理が自分に向けるまなざしを理解しない。
少しも気づいていない。

彰彦は姉・紫織の狂わしい感情に気づくことを
拒否しているようだが
本当はわかっているのはずだと蒔生は思っている。

彰彦は利枝子が好きだった。
だががその愛情は蒔生への愛情が
投影されたものだと節子には思える。

見えない森でさまよっているようです。
もつれた糸のようです。

旅の終わりに利枝子が蒔生を正面から見つめ
きっぱりと言った言葉。
長い間の呪縛から解き放たれたようなこの瞬間に
利枝子が魅力的な女性だとわかりました。

「目の前に、こんなにも雄大な森が広がっているのに、
あたしは見えない森のことを考えていた。
どこか狭い場所に眠っている巨大な森のことを。」

「あたしたちは誰でも森をもっている。」
「あたしたちは森を歩く。」
「あたしはこの森を愛そう。」

四人でY島の大きな森を歩きながら
不可思議な心のなかにある森もさまよい歩く。
蒔生が携えていた赤いリボン。
憂理も一緒に歩いていたのですね。

「結婚する前に、相手に一つだけ質問できたら何てきくか」
蒔生の答えはこうです。
「何が起きても、私のことを理解しようとしないでくれますか」
理解しようとしないでほしい。理解できると思わないでほしい。
「はい」と答える人はいないと思うし
「はい」と答える人は好きになれない。

私もこう考えたことがあるので強く共鳴します。

蒔生はかつて節子のヒーローだった。
蒔生にみんなが惹かれる。それはなぜか。
自分の“森”を理解することなどできないと
はっきり自覚しているからなのかもしれない。

私も蒔生に惹かれました。



黒と茶の幻想 (Mephisto club)

黒と茶の幻想 (Mephisto club)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2001/12
  • メディア: 単行本

タグ:恩田陸
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コメント 3

miyuco

ミナモさん、nice!ありがとうございました!
by miyuco (2008-10-13 16:53) 

sknys

miyucoさん、こんにちは。
『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『黒と茶の幻想』
‥‥この長編シリーズは苦手だなぁ^^;
底なし沼に囲繞された寄宿制校というドロドロ・ダークなイメージが鬱陶しい。

「奇妙な味」の短篇集『いのちのパレード』(実業之日本社)は面白かった。
『アクロス・ザ・ユニバース』(ソニー・マガジンズ)の巻頭エッセイにも
ビックリしました^^
オンダーランドの新アトラクション「恐怖の苺畑」?
by sknys (2008-10-19 15:21) 

miyuco

sknysさん、こんにちは。
ほほほっ、思わせぶりな鬱陶しさが
病みつきになるんですわよ^^
「いのちのパレード」
【恩田ワールドの原点<異色作家短編集>への熱きオマージュ】
おもしろそうですね!
図書館で借りてこなくては(^-^)v
コメントありがとうございました♪

by miyuco (2008-10-20 15:44) 

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