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『私は貝になりたい』 [日本映画]

やりきれないです。
不条理劇を観ると腹が立ってしかたない。
そして世界が不条理に満ちていることに
改めて思い至り鬱々とした気持ちになります。

ただでさえこの世にばらまかれている
不公平で理不尽で突然人を引きずり落とす闇を
増幅させ際だたせるのが「戦争」という状況です。
それをまざまざと思い知らされた映画でした。

「今だに世界のどこかで戦争は起こっている。
豊松のように理不尽な思いをしている人がいるという現状を
わかっていただけたらいいなと思います」
福澤克雄監督、主演の中居正広は
インタビューや舞台あいさつでこんなふうに語っています。

お涙頂戴の過剰な演出ではなかった。
面会シーンがとてもよかった。
「私は心配してはいけないの?」
と訴える押し殺した房江の声に胸を衝かれました。

豊松は絞首刑の判決を言い渡されたことを
房江に伝えていなかった。
きっと自分の状況が受け入れられずに
夢のなかの事みたいで
それを手紙に書き記すことは
現実だと認めるような気がして
できなかったのではないかな。

徴兵される前の幸福だった時間を
印象づけるためでしょうけれども
映画が始まった直後の中居正広の演技は
オーバーアクト気味でどうなることかと思ったけれど
それは杞憂でした。

これは間違った判決なのだから覆されるにきまっている
筋が通らないことはきっと正されると
最後まで希望を持っていた善良な一市民としての豊松の顔。
突然希望がうち砕かれ絶望に満ちた豊松の顔。
どちらも心情がよく伝わってきました。

お人好しの豊松は誰かを責めたりしなかった。
だからこそ最後の「もう人間はイヤだ」という言葉の
深い絶望感に胸を締めつけられます。

判決後に収監された監房に先に入っていた死刑囚を
草彅剛が演じていました。
死の恐怖におののく姿は圧倒的でした。
巣鴨刑務所の極限状態におかれた空気が
彼の演技で伝わってきた。
役者のときの草彅くんは
SMAPのときのクサナギくんとは別人ですね。

赤紙を受け取った豊松の壮行会
善意と建前のこういうつきあいが
国策にからめとられていく足かせになる。
ここを突破することは普通の人には不可能だと思う。

金子光晴の「富士」という詩を思い出しました。

 

 

「富士」 金子光晴

重箱のやうに
狭つくるしいこの日本。

すみからすみまでみみつちく
俺達は数へあげられてゐるのだ。

そして、失礼千万にも
俺達を召集しやがるんだ。

戸籍簿よ。早く燃えてしまへ。
誰も。俺の息子をおぼえてるな。

息子よ。
この手のひらにもみこまれてゐろ。

父と母とは、裾野の宿で
一晩ぢゅう、そのことを話した。

裾野の枯れ林をぬらして
小枝をピシピシ折るやうな音を立てて
夜どほし、雨がふってゐた。

息子よ。ずぶぬれになつたお前が
重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら
自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ?

どこだかわからない。が、そのお前を
父と母とがあてどなくさがしに出る
そんな夢ばかりのいやな一夜が
長い、不安な夜がやつと明ける。

雨はやんでゐる。
息子のゐないうつろな空に
なんだ。糞面白くもない
あらひざらした浴衣のやうな
富士。


タグ:SMAP
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リュカ

私は十数年前に所ジョージさんが主演したドラマ版を観ました。
「海の底にへばりついていられる、私は貝になりたい」
深い絶望感を伴う豊松の想いに胸が痛みました:;

by リュカ (2008-12-14 00:27) 

miyuco

ayakaさん、nice!ありがとうございます♪
by miyuco (2008-12-14 20:17) 

miyuco

>リュカさん
本当にやりきれなかったです。
戦争を題材にした作品は私には荷が重くて
あまり観ないようにしているのですが
観るとかならず心の奥底まで響いてくるものがあります。
この映画もさまざまなものが私の中に残りました。
nice!とコメントありがとうございました。

by miyuco (2008-12-14 20:24) 

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