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『きゃべつちょうちょ』 大島弓子 [大島弓子]

春へと移り変わるこの時期は風の強い日が多い。
足場を組んで作業している現場が近所にあると
カンカンカンとパイプが鳴らす甲高い音が聞こえます。
そんな時必ず思い出すのがこの作品。
自転車で意気揚々と夜の闇に旅立つ
満ち足りた笑顔とともに。

『きゃべつちょうちょ』
1976年別冊少女コミック8月号掲載
大好きな作品です。

「他田鞆(おさだとも)」は転校先の高校に向かうバスで
きれいな男子生徒と言葉をかわす。
混雑しているバスで倒れる彼をささえた瞬間
実際は「男子」生徒ではないことを知る。

彼、いや彼女の名前は「林末子」
勘違いしたのもムリはない。
男言葉、登校下校はジャージ姿
(制服で性別をあからさまにしたくないから)
末子は本気で男になりたがっている。
なぜ?

末子の兄・勝は一年前に事故で亡くなっている。
自転車に兄とともに二人乗りしていた末子は
道案内するように前を飛ぶちょうちょに近づこう
速く速くとマー(勝)にせがむ。
「その年 初めて見るちょうちょが白い色だと
幸福になるんだってさあ」
スピードを上げた自転車は車にぶつかり
兄は死に末子は一命をとりとめる。

ふざけてちょうちょをおいかけさせて
マーを死においやった

押しつぶされそうな気持ちで兄の部屋にいると
母が声をかける「マー帰ってきたの?!」

末子は自分が消えるべきなのだと思った。
そのときから末子はマーになろうとする。
そうすることしかできなかったのですね。
それが幸福な決断だなんて誰も思っていない。
でもそうしなければ末子の気持ちは救われない。
末子を見守るマーの友人たちも苦しいです。

そんなふうに優しさで身動きできない状況に
転校生が現れ「きみは女だ ムリはするな」と言う。
そして末子に交際を申し込む。

もう 決別したのだもの
きれいな服
かわいいヒール
花つみ
女らしいこと
女言葉
王子さまを 待つこと

王子さまを 待つこと

マーは校舎に落書きを残していた
「生きていることの証 林勝」

しかし校舎の塗装工事が始まり
近々それは消されてしまう。
末子は動揺する。
勝が存在していた証が消されるなんて。

明日から塗り替えが始まってしまう。
どうしたらあの落書きを残すことができるのか
考えあぐねて「ぼく」(転校生)は夜の校舎に向かう。
すると、あろうことか勝の友人が「生きている証」を
白いペンキで消していた。末子と勝のために。
勝は短い命をくやんでなどいない。
「あいつはくったくなく十分楽しんで
十分その中で生きたんだ」
「ああくそあいつがあの世から声でも出せるものなら
あいつはきっと末子に言うだろう」
「もうおやめ もう自分におもどり
オレはゆく オレはけっしてくやんではいないよってさ!!」

その時だった 吹いていた風が
いちどきに 強まったかと思うと

校舎の工事の やぐらをくんである金具がきしんで
自転車をこぎ出すような 音をたてた

それはまるで
何台も何台も
従者をひきつれて
いきようようと
サイクリングに
出発するかのように

何台も 何台も
楽しげに 夜の闇に

その場には末子もいた。天をあおぎ立ちつくしている。
「オレはゆく オレはけっしてくやんではいないよ」
と言いながら旅立つ勝の笑顔を末子も見たのでしょう。

夜遅くまで帰ってこない娘を母が心配し探し回り
声をかける。
「あなたは女の子なんですよ マーとはちがうんです
夜の外出もほどほどになさい」

失恋したと思っていた転校生に末子から手紙が届く。
昼食へのおさそい。

ぼくはとびあがったと同時に
不思議な衝動にかられたのをおぼえている
なにかにしるしておきたいという衝動
どうかこれが一瞬の夢 一時の幻想ではありませんように

最後のコマにはサッカーボールを手にした勝が描かれています。
「生きている証」と書いたときの勝

生きているってことや他のこと全体がみんな幻想のように
思われてきてあっというまに消えちまいそうな気がして
妙にさびしくなってそれで思わずかいてしまったんだ

どうかこれが一瞬の夢 
一時の幻想ではありませんように

勝はこのとき心の底から人生を愛し満ち足りていたのだと
この瞬間に読者は理解できます。
転校生の気持ちを借りることで。
うまいです。
勝もとびあがるような気持ちでいたのでしょう。
きっと短い命を悔やんだりしていない。

だから末子ちゃんは幸福になってください。
「王子さまを待つこと」
を自分に許したようですから
自分らしく女の子として生きていこうとしているのが
わかります。

ハッピーエンドの再生の物語。

やぐらを組んである金具がきしんで
自転車をこぎ出すような音をたてた

コマから音が聞こえるようでした。
そして次のページにはサイクリングで出発する姿
友人の呼びかけに応え、手を振る勝の笑顔
いつまでも印象に残っているシーンです。

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キャベツ.jpg

 lbl レンガ.gif


タグ:大島弓子
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コメント 7

びっけ

あぁ、そうだわ・・・工事現場や建築現場ののカタンカタンという音は、『きゃべつ ちょうちょ』に繋がる音ですね。
miyuco さんのこの記事を読んで、あらためて思ったことは
勝(まさる)が、充実した生を生きていたという事実に気付いてやることが、家族として、きちんと勝を「おくる」ことにも繋がるんだろうなぁということです。
死者を悼む気持ちも大事だけれど、だからこそ、自分の生もしっかり生きなくちゃね!

TB ありがとうございます。
こちらからも TB させてくださいませ!
by びっけ (2009-03-12 20:48) 

miyuco

>びっけさん
勝の気持ちは想像することしかできないけれど
その推測が妹を救うのならば
それは勝の望んだことになるのだと思います。
末子の姿は悲しすぎますよね。
どうか幸福になってと
祈らずにはいられませんでした。
nice!とコメントありがとうございます!




by miyuco (2009-03-13 20:52) 

おきざりスゥ。

再生の物語である<綿の国星>も<四月怪談>も舞台は春。
この作品もタイトルからして今時分の話と勘違いのまま記憶していました。8月号掲載…夏の話でしたでしょうか?

miyucoサンが600本目の記事に選ばれた
<ポーの一族>の《はるかな国の花や小鳥》
一瞬の夢と解っていながら思い出を胸に抱いて一時の幻想の中で揺蕩うように生き続けたエルゼリ。
彼女とは逆に短くても心の底から人生を愛し十分楽しんで十分その中で生きた林勝。
700本目の記事<きゃべつちょうちょ>UPありがとうございます。

どうかこれが一瞬の夢 一時の幻想ではありませんように

どんなに願っても時は留めて置けないしパンパネラでもない限り不死にもなれない。
その意味では全ての物事は一瞬の夢であり一時の幻想でしかない。
けれども一瞬の喜びを忘れずにいることは可能だし飛びあがるような気持ちを求め続けることはできる。

末子は勝を忘れないし一瞬の夢を紡いで現実の幸福へと織り上げてゆけるでしょう。
長くても短くても喜びで満たすことが人生という器を内側から輝かせる方法だと兄は教えて行ったのですから。

いま外は暖かい雨。すっかり枯らしてしまったかと惜しんでいた頂き物の夜来香に新しい芽が吹いてきて嬉しい今日この頃。
夏が舞台だったとしても再生の物語やはり今の時期に似合います。
by おきざりスゥ。 (2009-03-13 23:49) 

miyuco

>スゥ。さん
8月号が発売されるのは7月でしたから
これは春から夏にかけての物語だと思います。
「夏休みをむかえて数日すると暑中見舞いが来た」
それが末子からの昼食のお誘いだったので。

どうかこれが一瞬の夢 一時の幻想ではありませんように

こんなふうに願わずにはいられない素晴らしい瞬間がきっと誰にも訪れる、勝のように「ぼく」のように。
と、作者は語っているようでもありました。

これからしばらくは大島さんの作品を
折に触れ思い出す季節ですよね^^
777番目のnice!とコメントありがとうございます!
by miyuco (2009-03-14 13:26) 

BlogPetのジャック

きょうジャックは近所みたいな存在♪

by BlogPetのジャック (2009-03-18 15:47) 

miyuco

…そうでもないよ(笑)
by miyuco (2009-03-19 11:56) 

miyuco

薔薇少女さん、nice!ありがとうございます!
by miyuco (2009-03-22 17:28) 

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