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『鷺と雪』 北村薫 [読書]

昭和初期を舞台に学習院に通う令嬢花村英子と
女性運転手・ベッキーさんのシリーズ第三作。

「帝都に忍び寄る不穏な足音」
これが通底奏音として流れています。

北村薫のインタビュー
「ベッキーさんがわれわれに託すもの」
http://www.bunshun.co.jp/pickup/sagitoyuki/index.htm

読んでいると、登場人物たちと一緒に
この時代を生きているような気持ちになります。

「不在の父」
世俗の外にいるような、穏やかで海のような印象を与える
滝沢子爵がある日忽然と失踪してしまった。
人目の多い昼日中、どのような方法で?
爵位を投げ捨て行方をくらました理由は?

浅草近辺に四箇所の無料宿泊所があり
合わせて千人はお金がなくとも夜露がしのげる。
しかしそれでも足りない。
戦前の社会情勢の厳しさがよくわかります。

名門の子爵様がルンペンになる。
特権階級にいる自分が息苦しくなり
ふと見つけた機会に姿を消し
庶民のなかで暮らしはじめる。

新聞記事で知った結末。
この人らしい最期と言えるかもしれないけれど
それを知った英子の衝撃はいかばかりか。
「時の歯車が、動くように動き、
人がその道を歩んだということです」
ベッキーさんの言葉は正しいけれど。

「騒擾ゆき」
山村暮鳥の詩「囈語」の一節にはドキッとしました。
このシリーズが二・二六事件の日に向かっていると
知っているから。

「獅子と地下鉄」
三越のライオンが必勝祈願の像だなんて
知らなかった。
「誰にも見られずに背にまたがると念願がかなう」
誰にもみられずにというのは難しいでしょうね。

世間知らずのお嬢さま、ひとり歩きは危険です。
ベッキーさんがそれを黙認するはずもないけれど
危機一髪でした。

「ブッポウソウが人里で鳴くと凶作」
という言い伝えが不気味です。

「鷺と雪」
英子はあと少しで女子学習院本科を卒業。
高等科へ進学することになっています。

日本にいるはずがない婚約者が
写真に映っていたという不思議。
不吉なドッペルゲンガーなのか?

人の心をもてあそぶために
無造作にお金を使う女学生
お嬢さまにとってそれはただの戯れ事
しかし英子は庶民にとってその金額が
どれほどの価値を持っているのか知っている。

「何事も―お出来になるのは、お嬢様なのです。
明日の日を生きるお嬢様なのです。」
次に昇る日の、美しからんことを望むものかも―
とベッキーさんは英子に言います。
英子は「この言葉を胸に刻んでおこうと思った。」

部下の兵隊たちの窮境を聞くと
身を搾られるようにつらいと語っていた
陸軍少尉・若月。

滝沢子爵は全てを捨てて無となる道を選び
若月少尉は、己の立場でできうる最善の方法で
目的を果たす道を選ぶ。
その結果、抗いようのない歴史の歯車に巻き取られ、
願っていたこととは逆の作用に力を貸したことになる。
戦争へと突き進むターニングポイントになるとは
想像もしていなかったでしょうけれど。

「鷺と雪」の「鷺」とは能楽の演目
自由に飛ぶ鷲は若い帝の勅命により
羽を垂れ地に伏す。
能楽師が白装束で舞台を舞う姿が
あの日の雪とオーバーラップする。

ふとした運命のいたずらで
英子が若月と最後の言葉を交わしたのは
「騒擾ゆき」
昭和十一年二月二十六日でした。

幕切れは鮮やかです。

鷺と雪

鷺と雪

  • 作者: 北村 薫
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/04
  • メディア: 単行本

「菜の花という言葉がずらりと並ぶ詩」
山村暮鳥というとこの本にも少しだけでてくる
「いちめんのなのはな」を思い出す。
題名は「風景<純銀もざいく>」

最初に知ったのは少女マンガだと思う。
山岸凉子「メタモルフォシス伝」だと思っていたら
それは八木重吉の詩だった。
(「花になりたい」と「光」これは衝撃でした)
気になって調べてみると
里中満智子「野の花のように」に出てきたらしい。
1976年の週刊少女フレンド、読んでたかな?
微妙なラインです。
少女マンガで読んだと思っていたのは勘違いだったかも…


タグ:北村薫
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コメント 2

藍色

完結とは知らずに読んでいたので完結編とわかるラストが衝撃的で辛かったです。
切なくなりました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
by 藍色 (2013-02-15 15:43) 

miyuco

藍色さん、TBとコメントありがとうございます。
ベッキーさんのシリーズ、もう少し読みたかったという気持ちもありますが、きれいな幕切れで終わってよかったのでしょうね。きっと。
by miyuco (2013-03-09 13:43) 

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