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探偵はBARにいる [日本映画]

暴力的であり感傷的でもあるハードボイルドな映画でした。
幕切れがなんとも切ない…
「時計を止めて」という歌詞が胸に響きます

大泉洋という人はコミカルなイメージが先行するのに
シリアスな場面の陰影のある顔がとてもさまになる
不思議な役者さんだなと思いました。
探偵(大泉)と相棒(松田龍平)のコンビネーションが
とてもよかった。
松田龍平演じる高田は
「まほろ駅前多田便利軒」での行天と役柄が似ている
しかし行天の虚無感はみあたらず、
腕っ節の強い変わり者を演じていて魅力的でした。
瑛太と松田龍平のツーショットにドキッとするのは当然だけど
大泉洋とのならびも味があってすてきです。
高嶋政伸の怪演が様になっていた
一緒に見に行ったダンナさんは誰だかわからなかったらしい
「どこにでてた?」
黒いマニキュアしてるイカれた殺し屋で駐車場で殺されたヤツと教えたら
えぇぇぇ~~~!!!

「ハードボイルド」につきものの
「危機に陥った時の、それをものともしないような軽口 」
これが様になっていてよかったです。
大泉洋にはお手のものでしょうけれど
松田龍平のボソッとつぶやくセリフも愉快でした。

「ファム・ファタール」(運命の女、そして魔性の女)も必須事項
小雪はきれいでした。
ウエディングドレス姿の壮絶な美しさ。
ああいうふうに撮ってもらえるなんて
女優として幸福なことだと思います。


私は暴力シーンが苦手で途中何度かつらかった。
しかし、こういうのは昔テレビでよくあったなと
ちょっと懐かしかったりしました。
「探偵物語」とか「傷だらけの天使」とか

カルメン・マキが出てきていきなりテンション上がった私
「時計を止めて」を歌いはじめたとき
あっこれ知ってると反射的に思ったけれど
なぜ知っているのかなと不思議な気分だった。
「ジャックス」の曲だったのね。
だったら甲斐よしひろのサウンドストリートで聞いたのだと思う。
甲斐さんはジャックスの曲をよくかけていたから。
こんなところでよみがえってくるとは。
若いころの記憶は深いところに刻まれているのだわ。

以下、これから映画を楽しむ方はご注意を

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『コクリコ坂から』 [日本映画]

『From Up On Poppy Hill』
「コクリコ」がフランス語でひなげしのことだと
映画を観たあとで知りました。

ピュアなラブストーリーという前知識があったので
ドキドキ感を期待したのですが…
う~ん、思ったほどではなくて残念。
…もしかすると期待しすぎだったのかも。
(なにしろジブリには『耳をすませば』があるから)

舞台は昭和38年。敗戦から18年経っていても
親世代は戦争を体験した人々。
主人公たちにも戦争は影を落とします。
「戦争の影」が強く印象に残りました。

親友の忘れ形見に会えるなんて
その二人が恋仲だなんて
三人のうち一人生き残った船長は
どんなに嬉しかったのだろう。

紛糾する学生集会、しかし学校側の目を欺くためなら
瞬時に敵味方関係なく一致団結。
ガリ版の鉄筆の音。
ローラーを転がし、一枚一枚刷っていく。
静かに流れる時間。

お掃除シーンが大好きです!
ほこりまみれのカルチェラタンの大掃除にわくわく
(ハウルの城のお掃除も楽しかったな)

谷山浩子さんが挿入歌をつくっていたのですね。
「朝ごはんの歌」「初恋の頃」
とてもとても谷山さんらしいかわいい曲でした。

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翌年に東京オリンピックを控えた、1963年の横浜。
古いものを壊し、どんどん新しいものを
作っていこうとする気運のなかで、
横浜のとある高校でも老朽化した文化部部室の建物
「カルチェラタン」の取り壊し計画が持ち上がる。
そんな騒動の中、学生たちを率い、
部室棟を守ろうとする少年・俊と、
高校に通いながら下宿宿を切り盛りする働き者の少女・海が出会う。
二人は順調に距離を縮めていくが、
ある日を境に、急に俊がよそよそしくなって…?

036.gif

ラブストーリーは淡々としていたように感じる。
原作は少女マンガ。
少女マンガはコマわりでアクセントをつけるのが上手。
コマの大きさを変えたり、アップにしたり、引いてみたり。
この映画はアップと引きがうまく機能してないように思えて
どうにももどかしかった。
あまり感情を露わにしない海ちゃんの心を
もう少し上手にすくい取ってほしかった。
ゆれ動く表情を拾い上げていないわけではないから
なおさらもったいないと思ってしまいました。

空から降ってきた男の子。
そんなドラマチックなシチュエーションに遭遇したら
恋におちるのも当然です。
海が思わず駆けより手を差し伸べたのは
長女気質の為せる業ではないのかな。

海ちゃん(メル)はやらなければならない事を
きちんとがんばってこなしている。
そんなメルが晩ご飯の買い物を後回しにしたり
ひどい食事をつくってしまったり
お母さんの前で大泣きしたりするとホッとします。

お父さんがメルを守ってくれたように感じます。
カルチェラタンの取り壊しを中止して欲しいと
直談判したとき、理事長の心を動かしたのは
海の父の話がでたとき。
俊は海を意識するようになったのは
海があげていた旗に気づいたのがきっかけ。
「旗」は父のためにあげていたのだから
父を介して出会ったとも言える。

「U・W」旗――(安全な航行を祈る)

俊の返礼の旗の意味について
ひとこと映画でふれてくれたらよかったのにな。

なにはともあれ、ふたりの未来に幸あれと
心から願いながらエンディングをみた次第でございます。

コクリコ坂から サウンドトラック

コクリコ坂から サウンドトラック

  • アーティスト: 武部聡志
  • 出版社/メーカー: 徳間ジャパンコミュニケーションズ
  • 発売日: 2011/07/13
  • メディア: CD

以下、たいしたことじゃないけどちょっと一言
(映画を観たひとだけどうぞ)

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タグ:ジブリ
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『大鹿村騒動記』 [日本映画]

「自らの原点を確認するためにどうしてもやっておきたい」
原田芳雄が切望した企画、『大鹿村騒動記』
監督・阪本順治、脚本・荒井晴彦、主演・原田芳雄

長野県大鹿村で300年以上の歴史を持つ「大鹿歌舞伎」
シカ料理店を営む風祭善(原田芳雄)は花形役者
公演が迫ったある日18年前に駆け落ちした妻・貴子(大楠道代)と
幼なじみの治(岸部一徳)が現れる。
貴子は認知症を患っており、治は善に貴子を返すと申し出る。
それがきっかけであったように、
村ではさまざまな騒動が巻き起こる。


「忘れられないけど思い出したくもない女が帰ってきた。」
18年ぶりに帰ってきた妻・貴子を演じるのは大楠道代。
石橋蓮司、岸部一徳、佐藤浩市、三國連太郎
長らく原田芳雄の映画を観ていたファンが
共演してほしいと望んだ役者さんを
キャスティングしてくれたかのような豪華さです。

「一度目は悲劇、二度目は喜劇」
いろいろあるけれど日々は続いていくというお話。

70歳近くなっても「善ちゃん」「治ちゃん」と
ちゃん付けで呼び合う人たちばかりの小さなコミュニティ。

この映画をみていて、
津波の被害を受けた集落の人たちのことを思い浮かべた。
住み慣れた場所で顔見知りの人たちと暮らしていて
これからもそれが続いていくはずだったのに
津波が奪っていくなんて考えもしなかったはず。
本当に酷い災害だったと改めて思います。

原田芳雄はほぼ出ずっぱり。
とてもチャーミングでした。
もうそれだけでいいや。
(映画の内容は練りこまれているとは言えないけれど)

お亡くなりになったなんてやっぱり信じられない。

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舞台挨拶で車椅子を押していたお嬢さんが
役者として映画に出演していました。

壇上で涙を流す父のそばで
笑顔でいるのはつらかったと思う。
しっかりサポートする姿は見事でした。
いい家族ですね。


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原田芳雄さんがお亡くなりになりました… [日本映画]

原田芳雄さん、大好きでした。
こんなに早くお亡くなりになるなんて
残念です。


高校を卒業した私は「映画を好きな人」に
カテゴライズされたくてがんばっていた。
ぴあを片手に都内の名画座めぐりをしていたのは
70年代末期から80年代初めの頃。

そこで出会ったのが原田芳雄さんでした。
TVドラマに出ていたので
知らなかったわけではないけれど
こんなにも魅力的だということに気づいたのは
スクリーンに映しだされた姿を見てからのこと。
破天荒でありながらどこか人懐こくて憎めない
「自由」な雰囲気が大好きでした。
『祭りの準備』での役どころが私のなかでの
原田芳雄のイメージの原点です。

『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』
(1985年・森崎東監督)
無頼を具現化したかのような存在感、圧倒的だった。
『ツィゴイネルワイゼン』(1980年・鈴木清順監督)
絢爛豪華な絵巻物のような映画のなかで
野性味あふれる生気を放っていました。

時は経ち、若い人を見守る役柄が増えていきます。
木村拓哉がレーサーに扮した月9ドラマ『エンジン』
原田芳雄は主人公の養父であり養護施設の園長役。
ずっと女の子をおんぶしている園長は
ゆったりと包み込むような雰囲気でドラマを支えていて
とてもすてきでした。

大好きな映画『父と暮らせば』
娘(宮沢りえ)を見守る父親役の
緩急自在な演技、素晴らしかった。

最後は主演映画で締めくくりました。
『大鹿村騒動記』
気力を振り絞って試写会に参加し
主演としての役割を全うした。
見事な幕引きでした。

車椅子で試写会に現れたときの
面変わりした姿に息をのみ、つらい状況を察したけれど
こんなに早く逝ってしまうとは…
ご冥福をお祈りいたします。

でも、お別れだなんて思ってない。
原田芳雄が出演しているのに観ていない映画は
まだまだたくさんある。
決して、お別れではありません。

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葬儀のときに飾られていた写真の一枚。
『大鹿村騒動記』のロケ中、
石橋蓮司が向こうから歩いてくるのに気づいて
笑いかけたときの一枚だそうです。
いい顔ですね。
痛みに耐えて撮影していたときの表情だなんて
とても思えない。
本当に映画が好きだったんですね。




 

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映画 『マイ・バック・ページ』 [日本映画]

「時代の熱気に抗えない」系(?)
の映画を若い頃よく見たような気がする。
ちょっと苦手だった。
作り手側ものまれていて肯定的すぎる。
確かに時代の熱は伝わってきたけれど。

70年代が舞台の「マイバックページ」はどうだろう
どの程度までセンチメンタルなのか
「妻夫木聡」と「松山ケンイチ」はどう演じたのか
気になったので映画館へ。

あの時代への距離感に好感を持ちました。
結果を知っている者が断罪するという目線はなく
親密でありながら醒めているという距離の取り方。
1961年生まれの私は学生運動の残り火というか
残滓というか、そういう空気を覚えています。
監督は同年代の方なのかなと思ったら
とんでもない!
1976年生まれの34歳、お若い方でした。

「評論家・川本三郎原作のドキュメンタリー
「マイ・バック・ページ 60年代の物語」を映画化。
71年の自衛官殺害事件を軸に、
時代を変えようと葛藤(かっとう)する青年の姿を描く」

「爪痕を残したい」とあがく若者ふたり
若手ジャーナリスト・沢田と、学生運動家・梅山
立場の違うふたりが出会い、「本物になる」ことを目指す。

「連帯を求めて孤立を恐れず、
力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する」
学生が壁に書き残した有名な落書き
目を輝かせてそれを見つめる梅山(松山ケンイチ)

一方の沢田(妻夫木聡)は東大卒の出版社勤務。
安田講堂陥落は卒業後のことだった。
一番大きな山場に参加できなかったという忸怩たる思いが
二人を結びつけたのかもしれない。

「二人ともタイミングをはずした人たちなんです。
沢田は早すぎて加われなかった大人だし、
梅山は遅すぎた青年。
たぶんそんな二人だったからこそ、
当時を知らない僕らでも入り込むすき間を
見つけられた気がするんです。」(脚本・向井康介)
「脚本を書いている時は、本物に限りなく近づいたけど
本物になれなかった二人なんだという
話をしていました、向井と。
たぶんそこに一番共感できたんだと思います」(山下監督)
                ― 公式ページより引用


梅山は最初から浅薄な人間だと暴かれている。
沢田のことはマスコミを利用する手段としか考えていない。
かたや沢田は梅山を情報源と考えていると同時に
シンパシーを感じていて二人の感情には温度差があり
それが事の顛末を引き起こす。

松山ケンイチはどこか人懐こくて憎めない人物を
素の持ち味を十分生かして演じています。
カリスマ性と狂気、小狡さ、幼稚性、目が離せません。
しかし梅山は妻夫木聡でも演じられたかもしれない。
それに反して沢田を演じるのは妻夫木聡しか考えられない。
ラストシーンでそれは決定的になります。

二人に共感することは私には難しい。
共感できたのは二箇所。
モデルの少女を演じた忽那汐里のまっすぐな瞳。
(きれいでした)
そして、世の中を変えようと
理想を追い求めていたはずだったのに
実は地に足をつけて生きている人たちを見向きもしなかった
過去の己の姿を突きつけられ慟哭するラストシーン。

理念に酔うことなく生きている人の顔をきちんと見る。
自然災害による大きな被害、原発事故、
いろいろな意味で潮目に立ち会っている私たちも
肝に銘じておかなければいけないことだと思う。
誰かの自己実現の道具として踊らされることのないように。

真心ブラザーズと奥田民生の「My Back Pages」
とてもよかった!

今風ではない役者さんの面構えが魅力的だった。
東大全共闘議長を演じる長塚圭史が印象的です。
週刊東都の足の悪い先輩・古舘寛治
同じく先輩記者・中野英雄
あの時代にふさわしい顔がとてもよかった。

梅山の供述のみで京大全共闘議長・前橋に
逮捕状が出る。(映画によれば)
結果として権力側にいいように利用されたわけだ。
こういうのもあの時代にはよくあることだったのかもしれない。

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この後に起きた連合赤軍による浅間山荘事件
仲間同士の凄惨な山岳ベースリンチ事件、
そして1980年代まで後を引いた中核派vs革マル派の
内ゲバの数々を知っていれば梅山に共感できるわけがない。
長期に渡る内ゲバは死者多数にのぼる殺しあい
巻き添えになった一般人も多く、新聞記事を読むたび
怒りでいっぱいになったものでした。

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