『名もなき毒』 宮部みゆき

一気読みでした。おもしろかった。
息もつかせぬスリリングな展開、とは言えないかな。
名のある毒・青酸カリと、
名のない毒・人の内側にある目に見えない毒物の物語。
底知れぬ悪意に戦慄しました。
関わった人は為すすべもなく傷つけられるだけなのか。

　　　

どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。
それが生きることだ。
財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、
トラブルを起こした女性アシスタントの
身上調査のため、私立探偵・北見のもとを訪れる。
そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で
祖父を亡くしたという女子高生だった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「BOOK」データベースより）

　　　

一介のサラリーマンにすぎない杉村が、
刑事事件を調べ回るのは無理があります。
ヒマで物見高い人間が好奇心とお節介で
首を突っ込んでいるようにも見えてしまう。
途中から新進気鋭のジャーナリスト秋山省吾を
登場させますがそういう立場の人間を出さなければ
情報が手に入らないし、話が進まない。
秋山省吾はとても魅力的。
いいところを持っていってしまいましたね。

毒殺事件の犯人と原田いずみは同じ種類の人間だ
と、杉村の義父であり
今多コンツェルン会長今田嘉親は言います。
「極北の権力を求めて、
どうしてもこらえきれずに行使してしまった人間だからな」
他人の命を奪うのは、人として極北の権力の行使だ、と。

同じだけれど、少し違う。
無差別殺人の犯人は、従来の犯人像であり、理解の範疇にいます。
手近にいる人間を傷つける事ができず、
顔の見えない相手に向かっていく。
自らの行為におののき、深く後悔する。
そこにいたる心情を慮ることが出来るから、同情も出来る。
祖父を殺された美知香ですら
犯人に憎しみだけをぶつける事はできない。

ヒステリーの嘘つき女、原田いずみは
得体の知れない不気味な存在です。
なぜ自分以外はみんな幸福なのか。
私はこんなに不幸なのに。そんなの許せない。
手近にいる人間を破壊尽くさなければ気が済まない。
苦しむ様を見ることでしか満足できない。
まさに飢えてる。
どうして彼女がそういう人間になってしまったのか、
誰も説明できない。
「ただそういうケースがあると認めるだけだ。
それしかできません。」
北見はこう言います。
原田いずみの思考パターンは
『模倣犯』の樋口めぐみに似ている。

昔、「くれない族」なんて言葉がありました。
～してくれないと不平不満でいっぱいの主婦の話だっけ。
さまざまなものを受け取っているのに、
それには目をつぶってしまう。
自分はこれだけしているのに、
貰う分が少なすぎるとしか考えられない。
永遠に満足できないし、からっぽになるだけなのに。
現実にもこういう人は存在します。

杉村は北見のように「道楽」の「人助け」を
続けそうですね。
この世の解毒剤になるには
どうしたらいいか模索していた北見。
北見の行為に希望を見た杉村は、
志を引き継いでしまったようです。

宮部みゆきを「社会の病理を鋭くえぐる」
社会派ミステリー作家ととられ
現実の事件を前にしすると書きづらくなってしまった
という彼女を現実から目を背けていると
批判する向きもあるようです。
彼女の名を高めた作品は
社会派ミステリーかもしれないけれど、
それだけしか書けない作家ではありません。
間口の広い、稀有なエンタテイメント作家です。
枠でくくるのはつまらない。

途中まで書いて保存していたら、
９／２０朝日新聞夕刊に
宮部みゆきのインタビューが載っていた。

「ヒーローを欲する気持ちはありますが、
突き抜けた人間は描きたくなかった。
腕力もなく、ちょっと鈍いぐらいの
ごく普通の社会人をあえて主人公にして
身の回りの事件に常識と誠実さだけで向き合わせたかった。
もう一つの狙いは、探偵が生まれるまでを
現在進行形で書くということです。
これから書く３作目で彼は探偵になります。」

将来的には現代ものの長編は
このシリーズだけに絞りたいそうです。

杉村は探偵になるんですね。
それなら、ジャーナリスト秋山省吾の存在は必要になる。
かわいい五味淵まゆみ通称ゴンちゃんも
きっと登場することでしょう。
この二人に会えるのはちょっと嬉しい。

杉村さんは…あまり魅力を感じないっす。

名もなき毒

• 作者: 宮部 みゆき
• 出版社/メーカー: 幻冬舎
• 発売日: 2020/10/26
• メディア: 単行本

この装幀がとてもいいですね。

杉田比呂美さんのイラストです。 

 

タグ：宮部みゆき

コメント 6

うわっ！もう読み終えられたのですか !? さすが 早い！
私は 図書館からの 予約確保メールを、首を長くして待っている最中
なんですが…。
“一気読みでした。おもしろかった。”と 断言されているので、期待 特大に
しておきます♪
by KANAchanMaMa (2006-09-25 06:33) 

＞KANAchanMaMaさん
図書館の予約数はどこも凄いことになっているようですね。
おもしろかったですよ。期待を裏切ることはないと思います。
早く順番が回ってくるといいですね。
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2006-09-25 12:19) 

再び おじゃまいたします。な・なんと ６月に入ってから や～～～～っと
到着し、今週前半に読み終えたところです。待つこと 丸８ヶ月[汗汗]
ほとんど意地で 待ち続けました。Ｓ区立図書館って こんな状況です。(*_*;)
確かに、手に取ったら（ブログさぼって…）１日半で 読み終えました。一気に
読みたい展開ですよね。
宮部さんは “将来的には現代ものの長編は このシリーズだけに絞りたい”
…と 思って居られるんだ～♪よかった！３作目刊行前に これが読めて[ニコニコ][汗]

杉田比呂美さんのイラストって、他には どこで見ることが出来ますか？！
いいな～♪と 思ったもので。。。
by 流星☆彡 (2007-06-09 07:59) 

流星☆彡さんがKANAchanMaMaさんのときにも
コメントいただいていたのですね。
８ヶ月待ちって…スゴイ！
でも、待ったかいがあったのではないですか？
これでつまんなかったらサイアク[目玉]

杉田比呂美さんは若竹七海さんの装幀を手がけてます。
『親切なおばけ』という絵本のような作品で
イラストをたくさん楽しめますよ[ラブラブハート]
http://blog.so-net.ne.jp/miyuco/2007-01-24
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2007-06-09 18:58) 

miyucoさん、こんばんは。
コンビニの緑茶やウーロン茶（紙パック）、
自販機のドリンク剤に毒物を混入する連続無差別殺人事件。
４件中２件の同一犯は自首、１件は自作自演の狂言、
残る１件は？‥‥という、ミステリとしては変則的な展開。

もう１つの「毒」を吐き散らす、困った女性が出て来ます。
宮部みゆきが執拗に描くのだから、現実に存在するんでしょうね、
「原田いずみ」のようなトラブルメーカーが。
『犬身』は『名もなき毒』の裏ヴァージョンだったのか？
‥‥と想わせなくもないクライマックス。
京極堂の『邪魅の雫』も連続毒殺事件だった。

ハードボイルドなどの「１人称ミステリ」は
常に「私」が事件現場や決定的な場面に居合わせないと
描写出来ないという弱点がある。
秋山省吾、ゴンちゃん、古屋美知香、園田瑛子‥‥など、
魅力的なサブ・キャラ多し。
♪今に〜乗るわぁ〜「逆玉の輿」探偵の今後の活躍に期待です＾＾
by sknys (2009-01-29 00:05) 

sknysさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
「原田いずみ」に近い性質を持った女性には
何度も会ったことがあります【T__T】
その度にどうしようもない無力感に襲われます。

宮部さんの本にはワタシ的萌えキャラを
発見できないのですが、秋山省吾はいいです！
主人公の杉村がもっと魅力的だったらよかったのに。
私も次回作に期待です！
by miyuco (2009-01-29 16:11)