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『八月の御所グラウンド』 万城目学 [読書]

万城目学の直木賞受賞作は
にぎやかに話がふくらむおなじみの作風ではないです。
しかし「不思議」と共存する万城目ワールドは健在
わたしは大好きです。

京都を舞台にした若者たちの物語

二編の作品が収められています

『十二月の都大路上下ル』

京都の都大路を走る女子全国高校駅伝
ピンチランナーとして挑む、
絶望的に方向音痴な女子高校生
一年生のサカトゥー(坂東)がかわいい

突如として抜擢された一年生
選ばれなかった者との関係性が
さざなみのように揺らぐ

「また来年、ここにくる。
サカトゥーが走って、あの子を連れてくるの。」

迷いを断ち切る荒垣さんがかっこいいです。

『八月の御所グラウンド』

タイトルの「八月」には意味があったんですね。
お盆前で帰省する人が多く人数集めが難しいはずなのに
教授が「何とかなるさ」と笑って取り合わないのは
三十年以上続く「たまひで杯」の
歴史を踏まえてのことだったわけです。

「かっこええなあ、ヤンキース」

受け取ったキャップのエンブレムを
しげしげとのぞきこみ、つぶやく“えーちゃん”

読み終わった後、このつぶやきが胸に残ります。

映画『Field of Dreams』の中では
「それを作れば彼が来る」
『八月の御所グラウンド』では
八月に御所グラウンドでたまひで杯を開催すれば
彼らが来る
しがらみも何もなく純粋に野球を楽しむことができて
本当によかった

もしも明日、三人が御所Gに現れたなら__。
シャオさんを誘って、ヒットの打ち方を教えてもらおう。
それから、どうでもいい話をたくさんしよう。


謎の草野球大会
借金のカタに、早朝の御所G(グラウンド)で
たまひで杯に参加する羽目になった大学生。
京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとは--
死んだはずの名投手とのプレーボール
戦争に断ち切られた青春
京都が生んだ、やさしい奇跡 

 


生きて帰ってきても何度でも戦地に送られる
若い人は戦場で死ぬことしか許されないような
そんな時代のむごさに思いがけず触れることになる

「あなたには、火がないから」
という理由でふられた朽木(本作の主人公)
八月の御所グラウンドは朽木の心に変化をもたらしたようです

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八月の御所グラウンド

八月の御所グラウンド

  • 作者: 万城目 学
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/08/03
  • メディア: ハードカバー



タグ:万城目学

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『青瓜不動』宮部みゆき [読書]

 


行く当てのない女達のため土から生まれた不動明王。
悲劇に見舞われた少女の執念が生んだ家族を守る人形。
描きたいものを自在に描ける不思議な筆。
そして、人ならざる者たちの里で育った者が語る物語。
恐ろしくも暖かい百物語に心を動かされ、富次郎は決意を固める──。

 


「青瓜不動」

気丈なお奈津の物語から生まれた“うりんぼ様”
うりんぼ様は臨月の産婦であるおちかに
お力添えしてくださるという。
おもしろかったです。
しかし、おちかのお産を助ける手段が
なぜ富次郎のがんばりなのか
釈然としない気持ちが残ります。

「だんだん人形」
この世のどんなものよりも、尊いのは人の念だ。
人が心に思うことだ。
しかし、この世のどんなものよりもおっかねえのも、
また人の念じゃぞ。

これは繰り返し百物語の中で語られていることですね。

幕府の目が届かない差配地で起こる悲劇
読んでいてつらかった。

「自在の筆」
絵筆にまつわる怪談


「針雨の里」
語り手は「双眸が凛々しく澄んでおり、口元にかすかに甘さがある」

御劔山(みつるぎやま)の狭間村(はざまむら)の
大人たちの面差しを受け継いでいるようです。
楽園は失われてしまいました。
いったいどれほどの寄る辺ない子どもたちが
狭間村で救われたことだろう。

富次郎の絵筆を捨てるか否かの苦悩は
わたしにはあまり響いてこなかったです。


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青瓜不動 三島屋変調百物語九之続

青瓜不動 三島屋変調百物語九之続

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/07/28
  • メディア: 単行本




タグ:宮部みゆき

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『777(トリプルセブン)』 伊坂幸太郎 [読書]

おもしろかった

増えつづける登場人物
積みあがっていく死体
どこまで増えていくんだと思いながら読んでいきます。
死体を処理する有能な二人組「マクラ」と「モウフ」
ホテル内をちょこまかと動き回りながら
きっちりと仕事するふたりがとてもいいです。

「でもさ、あちこちに死体があるなんて、
このホテル、どうなっちゃっているんだろう」
「疫病神がいるのかもな」


やることなすことツキに見放されている殺し屋・七尾。
通称「天道虫」と呼ばれる彼が請け負ったのは、
超高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという
「簡単かつ安全な仕事」のはずだった――。


天道虫は業界の有名人ですね。


「あれは、ほら、天道虫だよ。E2の生き残り」
「ああ、あの。幸運の、天道虫か。それで見たことあったのか」
何人もの業者が命を落とした上に、
とうに引退したと思われていた二人組まで乗っており、
大変な騒ぎになったらしいが、命を落とすことなく生き延びたのだから、
実力はもちろん運にも恵まれているのだろう、と業界で噂されていた。

ついているのかついてないのかわかんない天道虫は
ホテルから出ようとしたエレべーターで
見知った男と出くわしたことで望まぬ状況に陥ります。
簡単で安全な仕事なはずだったのに

時を同じくして、そのホテルには
驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。
彼女を狙って、非合法な裏の仕事を生業にする人間たちが集まってくる……。

元国会議員の「蓬(よもぎ)」が秘書とともに
ホテルでライターの取材を受けている。
世間からはヒーローのように思われているヨモピーだが
いかにも胡散臭い
と伊坂幸太郎の愛読者は思うはず。
どんなふうにストーリーに絡んでくるのか
わくわくしながら読みました。

何本もの糸がより合わさり、たどりついた結末は
そうきたかって感じで読書の醍醐味を感じます。

エピローグのチーズケーキ!

*

*

*


以下、未読の方はご注意を


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タグ:伊坂幸太郎

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『逆ソクラテス』伊坂幸太郎 [読書]

気持ちよく読めました
伊坂幸太郎ワールド全開な短編集


どうしたら自分だからこそ書ける、少年たちの小説になるのか。
自分の中にいる夢想家とリアリスト、
そのどちらもがっかりしない物語を、ああだこうだと悩みながら考えた結果、
この五つの短編ができあがりました。
(あとがきより抜粋)


子どもたちは一生懸命に考える
しかし子どもゆえに、なかなか思い通りにはいかない。
まわりの大人に左右されがちだからこそ
そばにいる真っ当な大人の存在がうれしいです。

『逆ソクラテス』
「ソクラテスさんは、自分が完全じゃないと知ってたんだから。
久留米先生は、その反対だよ。逆」
何でも自分が正しいと思い込んで
駄目な子だといったん決めつけたら
省みることをしない担任の教師はやっかいです。
「僕はそうは思わない」
長い時間の後でその決めつけが間違っていたことが
明らかになり、読んでいてうれしくなります。
まっ、こういう人は反省なんかしないと私は思うけど。

「伊坂幸太郎さんの中にいる夢想家とリアリスト」が
ひしめきあって出来上がった作品だという事が
よくわかります。

テレビの向こうとこちら側。 
こちら側の人間は胸の奥の記憶にアクセスする。
向こう側の人間は変わらずそこに居つづける。
ゆるやかなつながりが、心にあかりを灯す
短編集の始まりと終わりの場面が重なり合うような感じで
伊坂幸太郎の本によく仕掛けられているこういう感覚
好きだなと改めて思いました。

『逆ワシントン』
「地味でもいいじゃないの。
やっぱり最終的には、真面目で約束を守る人間が勝つんだよ」

そうあってほしい

『アンスポーツマンライク』
「自分で望んだわけでもないのに、迷路にはまりこんで、
息苦しさと不安でそこから逃げ出したかったのかもしれない」
ラストでリスタートの権利を与えられた男が
真面目を認められて仕事で成果を出す(『逆ワシントン』)
という「夢想家」が書いた物語がわたしは好きです。

久しぶりに伊坂幸太郎を読んだのは
隣家の20代女子が絶賛していたから。
『スロウではない』がおすすめだそうです。
いじめっ子といじめられっ子
やり直そうとしたけれどうまくいったのだろうか?
一枚の写真で結果は明らかでした。
「ドン・コルレオーネ、いじめっ子は許されるんでしょうか」
「敵を憎むな。判断が鈍る」

『非オプティマス』
読んでいるわたしも服装と家庭環境の情報から
福生のことをかわいそうな子と決めつけていた。
ラストで鮮やかにひっくり返されて気持ちよかったです。



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逆ソクラテス (集英社文庫)

逆ソクラテス (集英社文庫)

  • 作者: 伊坂幸太郎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2023/06/20
  • メディア: Kindle版

余談

冒頭でテレビの野球中継を見ていた人物
私は安斎だと思っています。
(作者の思惑ははっきりしないけど)
しかし諸説あることを後から知ってびっくり

久留米先生はないんじゃないかな
あのタイプの教師はお気に入りではない生徒には
まったく興味ないし細かいやりとりなんか覚えてないと思う

タグ:伊坂幸太郎

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『栞と噓の季節』米澤穂信 [読書]

誰でも殺せる特別な栞を巡り、
保身のため、誇りのため、友のため、
あるいは秘めた思いのため、誰もが嘘をつく
――そんなミステリです。

おもしろかった。
米澤穂信さんの高校を舞台にしたミステリー、大好きです
今作はハードボイルドであり
捜査小説でもあることを意識したそうです。
夜を歩く三人の描写や行きつく先での対峙はスリリングでした。

『栞と嘘の季節』米澤穂信インタビュー


頼まれごとの多い堀川次郎と皮肉屋で大人びた松倉詩門
<図書委員シリーズ>第二弾
発端は返却本にはさまれていた“栞”
致死量の毒を含んだ危険な植物トリカブトの押し花
ふたりは持ち主を探します。
その過程で行動を共にすることになる同学年の女子
「ずばぬけてきれいだけれど性格が悪い」
と評される瀬野さん

魅力的な人物がふたりに加わりました。
ふたりと同じように訳ありっぽいです。

「僕と松倉がせめて守ろうとしたお題目」
『お題目』が事態を複雑にする。
このかたくなさが読者にはどうにも理解しがたく
しかしこれこそ米澤穂信らしいなと思ったりします。



読んでいてひっかかる箇所がありました。
(わたしの理解力不足かもしれないけど)
図書室に残された“栞”に
瀬野さんがたどり着くまでの思考の道筋が釈然としなかった。

以下、未読の方はご注意を

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タグ:米澤穂信

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