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『バナナブレッドのプディング』 [大島弓子]

「きょうは あしたの 前日だから…
だから こわくてしかたないんですわ」

きまっていることだ
きまっていることだ
衣良のすることなすこと
ことごとく
母は泣く
父はためいきをつく

“うしろめたさを感じている男色家の男性”を理想とする衣良。
自分を必要とする人のカーテンになってあげたいと言います。
幼なじみのさえ子は、衣良を案じ、兄、御茶屋峠を男色家だという設定にしてしまう。
「これは人だすけです 
ひとりの少女が 涯(みぎわ)におちないように ささえるのです」



「カーテンならぬ、ライナスの毛布を必要なのは、この子のはずなんだと」

「しばらくは勇気のでない いち男色家に 徹することだ」
峠さんは、こう思います。
それなのに、衣良は峠の偽りに気づいてしまい、
そこから物語はもつれていきます。

幼い頃からこわがっていた父の描いた絵。
家を出る前に父がしまいこんでいたその絵を、見せてもらう。
直立不動で、見ていく。「自分と戦うように目をこらしてね」
「で、わたしはいってやりました」

「この絵は出発という名前だったんだよ」

バナナブレッドのプディングをつくってみよう。いったいどんな味がすると思う?

「そうだわ 生きた国の味がいいわ」

おずおずと、恐れながらも、衣良は“生きた国”に一歩踏み出そうとする。
いろいろなものを乗り越えようとする。
大島弓子作品の女の子たちは、みんなそうですね。前を見ている。

「ときどき 自分でもコントロールできないことをやってしまうの
いやなことばや わけもないにくしみが わたしを支配してしまうの」
「わたしは いつか ほんとうに 人殺しだって
やってしまうかもしれない」

「これは仮定だけど そんなときは ぼく
さっと身をひき さっと台所まで走り さっとミルクをわかす そしてきみにわたす」
「さあ ミルクを のんで」「心がなごむよ」
そうすると きみはおちついて うなずいて 「またあしたね」というだろう」
「ぼくは きみが だい好きだ ばらのしげみのところから ずっとね」

そして衣良は言う。ミルクをのんで、
「あしたね」「またあしたね」

さっぱり意味がわからなくても、さっとミルクを差し出してくれる。
御茶屋峠は、ためいきをついたりしない。
完全に理解されることが必要なのではない。
必要なのは、ミルクを差し出してくれる人間です。

サバシリーズのなかで「理解なき和解」という言葉が出てきます。
好きな言葉。
人に自分のことを100%理解してもらうことは絶対にないと思っている私には
(逆に人のこともわからない、たとえ我が子でも)
「理解なき和解」が最も好ましい接し方です。
理解したつもりよりも、ずっといい。

ラスト、姉の沙良の手紙。
沙良は、夢の中で、生まれるのがこわいというお腹の中の赤ちゃんにこう言います。
自信たっぷりに。自分自身もまだおめにかかってないのに。
「まあ生まれてきてごらんなさい」
「最高に素晴らしいことが 待ってるから」

『バナナブレッドのプディング』を読んだのは高校二年生の頃。
沙良の手紙にはビックリしました。
こんなに肯定的な言葉は見たことがなかった。
こういう言葉を、手渡してくれる物語がほんとうに大好きだった。

「最高に素晴らしいこと」ってなんだろう。
衣良にとっては 夢にも思わなかったのに、
ばらの木から好きだよといってもらえたことでしょうか。

大島弓子を“発見”した男性評論家が、この作品について
いろいろな事を書いていました。
少女がどうの、性的象徴がどうのと。
当時、リアル少女だった私は、彼らのはしゃぎっぷりがうっとうしかった。
女の感性といいたてる男の感性に違和感でした。
(いまの若者でいうところの uzeeeee!! ってヤツですかね^^;)
分析はお好きなようにと思っていましたが、彼らの影響力は強かった。
当時の論調がスタンダードになってしまった感があります。
分析による理解は必要ない。

ただ、この作品が大好き。シンパシーを感じ、感動するだけです。

バナナブレッドのプディング 

 


タグ:大島弓子
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スゥ。

可愛らしく粧った衣良の台詞に、お化粧するなんて裸を見せるより恥ずかしい、というものがありましたよね?
飾ることない素のままの自身でいたい少女の潔癖さを表している場面と解釈できますが、その拒絶の激しさは『ナルニア国物語』でパーティやオシャレに熱心になったスーザンが彼の国を忘れてしまった挿話とともに強く印象に残り…

私にとってお化粧は身嗜み以上のものではなくなりました。
社会的に要求される最低限の体面を保つ為のもの。
各社様々な季節毎の新作を選ぶのに迷う喜びは感じません。
それでなんの痛痒もありませんが、せっかく女子に生まれついたのに勿体無いような淋しいような気がすることはあります。

そりゃスッピンがベッピンなら構わないことなんですけど、若いうちならともかくもう色々とカヴァーの必要な年代ですし、仕方なしにするのでなく楽しみになった方がいいだろうことは分かっているんですが、三つ子の魂と云いましょうか…好きでしてるんじゃないから下手だし、上手にできないとおざなりになるし。

『バナナブレッドのプディング』を読んでこんなバカな影響のされ方してるのは私くらいだろうと思うと情けない限りです。
大島先生がそんなつもりで描いたのではないと分かっているんですがねぇ。
by スゥ。 (2006-06-14 00:14) 

miyuco

>スゥ。 さん
同じく、ですわ(*>∀<*)
化粧道具、どちらが少ないか検証したいくらいです。
何にも増して「めんどくさい」というのが理由ですが。
そんな事言っている年齢じゃないとはわかっているけれど、
やっぱり若いうちから慣れないとダメですね。
『ナルニア』のスーザン、作者は最初から彼女に厳しかったように
思えます。でも、なんだか気の毒ですよね。
by miyuco (2006-06-14 12:26) 

鈴雨

こんにちは。
mixiからおじゃましにまいりました。先日はコメントありがとうございました。

大島作品どれも大好きですが、「バナナブレッドのプディング」には、
なんというか・・とりわけ思い入れがある気がします。
高校美術部の、大島弓子好きの一年先輩(男子)の言葉が
インパクトありました。
「う~ん・・ここまでいくと、男にはついていけなくなっちゃうんだよね・・・」
ふ~ん・・そうなのか~~。。乙女の感性かしら。。。
と、ちょっとさびしい気もしたような。

ところで、いつかは草を三つ編みしてみたい!!!
と思いつつ、いまだにやったことがないのでした。
by 鈴雨 (2006-07-04 20:09) 

miyuco

>鈴雨さん、こんにちは
mixiをよく理解してないので、あそこにコメントを書くのも
ビクビクしてしまいました^^;お役に立ててよかったです。
「全て緑になる日まで」
食パンを片面だけこがしてしまったらどちら側にバターをつけるか。
こげてないほうにバターをつけるというトリステス
「自分をだましてこげてないと思って食っちまうんだ!!」

食パンをこがしてしまうと、トリステスのせつなさを思い起こしたりします。

三つ編みにはしませんでしたが、草をしばって、
通りかかった誰かを転ばすためのトラップをよく作っていました(*≧v≦) 
コメントありがとうございました♪
by miyuco (2006-07-06 10:48) 

スゥ。

“草のトラップ”に反応。思いっきりトピずれですが A^_^;)
 河あきら著 『さびたナイフ』 '70年代の別マの読切。巻頭カラーでした。
 
両親のいない美乃は(ハーフ?クォーター?確か)ギリシャの血を引いた金褐色 の髪と美貌のためもあり周囲から浮き勝ち。
 ある日、養家の従兄が大学受験の息抜きに書いた完全犯罪の計画ノートを  見つけ、彼と数人の仲間を巻き込んで銀行強盗を実行に移す。
 紙の上では完璧だったはずが、些細な事から狂いが生じ、彼らは空き別荘に 逃げ込む。
 そこで不思議な連帯感に結ばれ、束の間平穏な時を過ごす中、疎ましかった 従兄とも心を通わせるようになる美乃。
 しかし追い詰められた彼らに幸福な結末は望めない。
 子供に返って拵えた草のトラップが彼らの運命そのものも罠に掛ける…

学園コメディを多く手掛けていた河氏が『赤き血のしるし』を皮切りに始めたシリアス路線。
『ゆがんだ太陽』『わたり鳥は北へ』『太陽への道』3部作を経て『故郷の歌は聞こえない』へ到る途上あたりに描かれた作品と記憶しています。
連載当時はよく解っていませんでしたが『故郷の歌は聞こえない』の主人公って半島の北の工作員だったような気が…(違ったかな?)

『いらかの波』は文庫化してるようですが他の作品はどうなんでしょう?
検索して辿り着いたファンサイトに(『河のある風景』=懐かしい画像が一杯!)出版物のリストはありましたが今流通しているかは判りませんでした。
by スゥ。 (2006-07-07 00:06) 

miyuco

>スゥ。さん
私も『さびたナイフ』読んでいるはずなんですが、
内容はまったく覚えていません(ノ_-。)
とことんシリアスなイメージだけは記憶に残っているのですが…
河あきらの作品は、コメディーであっても、ハッとするほど深い感情が
時おり思いがけないかたちで現れてくるような印象があります。
『さびたナイフ』のような作品を読んでいたから
そんなふうに感じたんでしょうか。
by miyuco (2006-07-07 22:19) 

びっけ

はじめまして。
今度始まったブログクルーザーの機能で〔関心あるキーワード〕で「大島弓子」を登録してみたら、miyucoさんのブログにたどりつきました。

私にとって、大島弓子は青春の大切な一部分です。今も時々、大島弓子選集から何冊か取り出しては読んでいます。

中でもこの『バナナブレッドのプディング』は、「イライラの衣良と申せましょう」から、虜になったマンガです。
御茶屋峠さんの、後ろでしばっていた紐がほどけて、髪がハラリとなったところなんか気絶しそうです。(すみません、ミーハー入ってます)

☆日向温くん、さえ子ちゃん、その後どんな人生を歩んでいるのでしょう?
by びっけ (2006-10-25 10:29) 

miyuco

びっけさん、はじめまして。
ブログクルーザーって何の意味があるのかなと思いつつ
おもしろがってキーワードを入れてみました。
こういう素敵な事が起こるんですね^^
びっけさんの文章を読んだだけで、御茶屋峠のあのシーンを思い出し、
私もときめいてしまいました[ラブハート]
日向温くん、さえ子ちゃん、忘れられない登場人物ですよね。
ホントにどうしているんでしょう。
大島弓子作品について書きたいとは思うのですが、どれを選んでいいのか
わからなくなってしまって…好きな作品が多すぎます[汗汗]
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2006-10-25 17:50) 

春分

びっけさんのリンクから来ました。ファンは多いのでしょうね。
うーん、当時の男性ファンとしましては、余計な理屈はともかく、
ただ衣良ちゃんがかわいかったのだと思います。
素直にかわいいなどと言えない人がマンガを読んでいたのでしょう。
月刊セブンティーン連載に手を伸ばすのは危ないやつだったでしょうが。
by 春分 (2007-06-24 14:36) 

miyuco

春分さん、こんにちは。
なんだ~可愛いっていう愛情表現だったのか^^;
そうとわかっていれば私も喧嘩腰にならなかったのに[目玉]
月刊セブンティーン、表紙が厚紙で堅い造本でしたよね。
女の子向けの情報誌で流行の服やアイドル
甲子園でのかっこいい人などの記事がメインなのに
なぜかマンガがおもしろかった。
この本をマンガだけが目当てで買っていた
リアル中高生のわたしも変わっていたかも[汗汗]
nice!とコメントありがとうございました♪
by miyuco (2007-06-25 14:03) 

あまくさ

はじめまして。
びっけさんのブログでこちらをお見かけしました。
バナナブレッドは予備校に通っていたころ読みました。
30年近く前に読んだ作品ですが、ラストのお姉さんの手紙は私も心に残ってます。
彼女は夢の中で自信たっぷりに語りかける自分に、ちょっと戸惑っていました。
大島弓子さんの作品は、そういう優しい切なさがありますね。

あと、男性評論家も色々ですが、個人的には橋本治さんの書いたものは好きでした(文章の感じでわかるでしょうが、私も男性です。蛇足までに)。
by あまくさ (2007-08-19 12:43) 

miyuco

あまくささん、はじめまして。
『バナナブレッドのプディング』のラストが
ああいったシーンになるとは全く予想もつかなかった。
比類なく素晴らしいラストシーンだと思います。

大島弓子さん本人は橋本治さんの論理にとくにコメントすることはなく鷹揚に受け止めていたような気がします。
私のような感覚は熱烈なファンの戯れ言でございます^^;
コメントありがとうございました。
by miyuco (2007-08-19 19:17) 

あまくさ

あ、すみません。
橋本治を引き合いにだしたのは、そういうつもりではなかったんですが。
彼はしたり顔であれこれ言うナントカ評論家みたいな人たちよりはマトモだと思うので、ちょっと名前をだしてみました。
ただ、橋本治も批評と言いながら自分の思いのたけを吐露しすぎるところがあるので、(好きな人はそれが好きなんですが)、大島弓子や少女マンガとは関係ない話になっていたのかもしれないな、と思い直しました。
たしか橋本氏は御茶屋峠クンが気に入らないようなことを書いていましたが、あれは奥上大地クンの想いに気づかない御茶屋さんに腹を立てていたのだと思われます(笑)。
ティンパニーの真澄ちゃんが、のだめにくってかかる調子です。
私は御茶屋くん好きでしたよ。
by あまくさ (2007-08-20 20:19) 

miyuco

>あまくささん
御茶屋峠さんは考え方が健全というかストレートというか屈折した感情をわからないところがあるようですが
痛みを感じるとることができる方だと思います。
さっぱり意味がわからなくても、さっとミルクを差し出してくれる御茶屋峠さんが大好きです。

真澄ちゃんが橋本治氏にオーバーラップして
ちょっと同類っぽいなと思って笑ってしまいました^^;
by miyuco (2007-08-21 17:17) 

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