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『ノーカントリー』 [外国映画]

「No Country for Old Men」
コーマック・マッカーシーの原作をコーエン兄弟が映画化。
翻訳本の邦題は「血と暴力の国」
「血と暴力」
それは私が最も苦手とするもの。
予告編を何度か見たけれど絶対に見に行かないと思っていた。
ではなぜ観にいったか
・アカデミー賞受賞作と聞いてどんなふうに優れているのか知りたかった
・「コーエン兄弟」という名前だけは聞いたことがあるけれど
 作品は観たことがなかったので興味があった
要するにミーハー気分大なわけです。
しかし、そんな気分がふっとぶ映画でありました。
怖かった…

私でもこの映画が普通ではないとわかります。
無駄がない
画面にみなぎる緊張感は息苦しいほどでした。

メキシコ国境近くの砂漠で狩りをしていた「モス」は
死体の山と麻薬と大金が入ったトランクを見つける。
麻薬取引の現場でトラブルが起こったのだろう。
モスは200万ドルをその場から持ち去り
取引を行っていた組織から命を狙われることとなる。
彼を追うのはへんてこな髪型をした殺し屋「シガー」
目的を果たすためジャマだと感じた人間を殺していく
意味もわからずに大勢の人間が殺される。
シガーを追うのは保安官ベル。

ハビエル・バルデム演じるシガーが怖いです。
人を殺すことにまったく迷いがない顔がおそろしい。

酸素ボンベのような武器で人殺しをする場面が予告にありました。
その残虐な殺し方が恐ろしくて見るのがイヤで
本編では何回もこんなふうな殺し方を見なければいけないのかと
げんなりしていたのですが、実際にはこの場面以外に
一風変わった武器を使った直接的な殺しの場面は出てきませんでした。
散弾銃で撃ち殺す場面はありました。
でもその後は銃を発射するシガーと足下に流れるおびただしい血だけで
殺された人間の姿を見せなかったり、発射音だけだったり、
最後は殺す場面すら出てこない。(でも殺したとわかる)

観ている人間は十分に背筋がぞっとするけれど
ショッキングな映像の連続なんていうありふれたことは避けている。

観ていて一番背筋が凍るような思いをしたのは
モーテルの一室にいるモスがトランクの中の札束に隠された
発信器を見つけたところからのシークエンス。
発信器が点滅していると同時に
廊下から受信機のピコピコいう音が聞こえてくる。
その音はだんだん大きくなり間隔は早くなる。
(受信機の反応パターンは先に観客には知らされている)
ドアの下の隙間に人が立ち止まった影が見える。
いったんその影は離れ、廊下の明かりが消され
ふたたびドアの前に人が立つ。
カメラは室内から動かない。
モスはドアの真正面のベッドに腰掛けて銃を構えている。
自信家ですね。
でも殺し屋の武器は銃ではない。
観客はわかっているけれどモスは知らない。
音と影が緊迫感を高め、私まで息が止まりそうだった。

モスはベトナム帰還兵。
逃げおおせる自信があるのは戦場での経験があるから。
メキシコとの国境監視所の職員があやしい風体の男だと訝しげな顔で
モスと押し問答していたのに、ベトナム帰還兵だとわかったとたん
見逃すというやりとりが1980年という時代設定を映し出す。
「待っている、何かが起こるのを」
妻と待ち合わせしているモーテルで危険が迫っているのを感じながらも
こう言うモスはどこか愉しそうにも見えた。

最後にモスとシガーの一騎打ちがあるのかなと思っていたら
そうではなかった^^;
あっさりとメキシコギャングたちに殺されてしまい、撃たれた描写もない。
あわただしく逃げるギャングたちと騒然とした現場に異常を感じ
通りかかった保安官ベルが殺されたモスを見つけるだけ。

観客の平凡な予想を裏切るのがほんとに上手です。
気持ちいいです。

モスが持ち出した現金を回収したにも関わらず
シガーはモスの妻、カーラ・ジーンに会いにくる。
例のごとくコイントスで決めようとするシガーに
彼女は表か裏か答えることを拒否する。
怯えながらも毅然としたカーラ・ジーンがよかったです。

保安官のベルはベテランとしての観察力を見せてくれるけれど
犯罪を止めることも殺し屋を捕らえることも
逃げる男を助けることもできない。
最後まで無力のまま物語の傍観者でしかない。

この映画のラストは引退したベルが自分の見た夢を
語る場面で唐突に終わる。
私には意味がさっぱりわからなかった。
答えがあるかと久しぶりにパンフレットを買ったけれど
解説してある「希望」は私には見えなかった。
いきなり意味もわからず生を絶たれる理不尽さが残るだけだ。

映画を観たこの日の前後に起きた事件が
重く胸にのしかかったのでなおさらでした。
「誰でもよかった」と理不尽に人を殺し
絶望し死にたいと願っていた者が人を殺しながらも生きている。
理不尽でやりきれない現実。


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no01.jpg
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コメント 6

miyuco

DSilberlingさん、nice!ありがとうございました。
by miyuco (2008-03-29 18:36) 

miyuco

hashさん、nice!とTBありがとうございました。
by miyuco (2008-04-05 19:59) 

魚河岸おじさん

そうなんです
緊張感で押しつぶされそうな作品ですよね
何かが起きそうなカット割では何も起きず
何も起きなさそうなカット割のとき何かが起きる
ココがたまらなかったです
スバラシイ記事だと思います

by 魚河岸おじさん (2008-04-15 17:36) 

miyuco

>魚河岸さん
コーエン兄弟は名前しか知らなかったのですが
ここまで観客を翻弄する監督に興味を持ちました。
「ファーゴ」を借りてこようと思います。
nice!とコメントありがとうございました!
by miyuco (2008-04-16 21:10) 

てくてく

はじめまして、てくてくと申します。
今日この作品を観てきたのですが、
何となくすっきりと出来ない感があったので、
検索していてmiyucoさんの記事にお邪魔しました。
miyucoさんの記事を読んで、
後半私が理解できなかった事が分かったような気がします。
ほんとに素晴しい記事だと思いました^^
ありがとうございました。
TBをよろしくお願いいたします。
by てくてく (2008-05-07 21:17) 

miyuco

てくてくさん、はじめまして。
この映画を観てコーエン兄弟がなぜこんなにも
リスペクトされているのか少しわかったような気がしました。
私のつたない文章がお役にたったなんて光栄です^^
nice!とコメントとTBありがとうございました。
こちらからもTBさせてくださいませ。


by miyuco (2008-05-08 19:04) 

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