SSブログ

『ペテロの葬列』 宮部みゆき [読書]

『誰か』『名もなき毒』に続く
杉村三郎シリーズ三作目『ペテロの葬列』
「ペテロ」とは
罪を犯して後に悔い改めた者の象徴だそうです。

lbl レンガ.gif

杉村三郎は拳銃を持った老人による
バスジャックに遭遇する。
事件は3時間ほどであっけなく解決したかに見えたのだが―。
そこからが本当の謎の始まりだった。
事件の真の動機の裏側に潜む闇とは。

lbl レンガ.gif

約680ページの長編ですが
バスジャックは四分の一ほど読み進んだところで
警察の突入と犯人の自決で終結する。
本題はそのあと。

途中で挟み込まれる北見一郎がらみの事件は
なくてもよかったかな。
後ろ盾をなくして迷走するトラブル発生器・井手正男も
わりとどうでもいい。
地方紙22紙で連載されたということなので
いくつものエピソードを盛り込む必要が
あったのかななどと邪推してみる。
ないほうがすっきりしてるけれど・・・

「孤独な老人の自爆的な死」
だと分類され事件は収束したはずだった。
しかしその余波は人質となっていた人たちをゆさぶる。
犯人の意図と背景を探らざるを得なくなる。
手がかりはふたつ。
「警察に連れてこさせようとした三人」
「慰謝料の送付元」

「三人」は悪質商法に関わっていたことが分かる。
マルチ商法、架空投資詐欺などの悪質商法は
芯の部分はねずみ講。
客を増やし続けることができなければ、破綻する。
そのための説得術を指導する「教育係」が
存在するはず。
暮木老人の人心掌握術はここに当てはまる。

「悪人が善心に目覚めることだってある。
詐欺師も改心することだってあるだろう。
我々人質仲間が立ち会ったのは、
そういう改心に動かされた寂しい老人の
--かつて悪党だった男の人生の
最期の場面だったと思いたい。」

自分の撒いた悪の種を刈らなければならない
詐欺組織の会員同士のあいだでも悪は伝播する。
最初は被害者の立場でも、同様の手口で
周りの人間を勧誘すれば加害者になる。
「入口では被害者、出口では加害者、悪いのは一緒」
罪に問われない加害者を見せしめにして
悪の伝播を断ち切ろう。負の宣伝をしよう。

「身勝手で残酷で高飛車だ。」
「彼は後悔していたという。
だが、変わってはいなかった。」

杉村三郎の言うとおりです。
バスジャックという手段の裏側に
犯人の自己顕示欲がすけて見える。
「口舌(こうぜつ)の徒」
人質を舌先三寸で丸め込む。
他人をコントロールする支配的な意思と能力。
自分の能力を最後まで存分に発揮して楽しんでいる。
「改心したとしても、あの老人は人を操ることに長けていて、
それが好きだったんです。」
そして、ここでもまた意図せずとも
加害者を生み出してしまうわけです。

コントロールの手段として使った「慰謝料」が
人質だった人たちを動揺させる。苦しめる。

「悪は伝染する」

「指輪物語」の<一つの指輪>が
中つ国の人びとを汚染していくように。

「悪は伝染する。
いや、すべての人間が
心のうちに深く隠し持っている悪、
いわば潜伏している悪を表面化させ、
悪事として発症させる<負の力>は
伝染すると言おうか。」
「現実を生きる我々は、
<一つの指輪>を持ってはいない。
だが、その代替物なら得ることができる。
それは誤った信念であり、欲望であり、
それを他者に伝える言葉だ。」

ラスト、杉村三郎は旅に出る。
「滅びの山」へ。
現実世界の<一つの指輪>を葬るために。

杉村三郎を探偵にするべく
宮部みゆきは力技(?)を発揮します。

ドラマにもなっているのだから、
彼が失ったものを知っている人が多いでしょうけれど・・・

*

*

*

杉村三郎は家庭と職を失います。

分不相応だ、釣り合わないのは不縁のもとだ、
うまくいきっこないと結婚に反対した杉村の両親は
的外れではなかったわけです。

わたしが杉村三郎のシリーズを苦手とするのは
彼の受ける仕打ちが理不尽だから。
家族と絶縁し、好きだった仕事を辞め、
職場では好奇の目で見られ、
何もせずとも遠巻きに陰口をたたかれる。
あふれかえる「嫉妬」
なんなのこれ。

最初から歪んでいたのだから
10年の歳月がたてば崩壊しても仕方がない。
それにしてもこの夫婦はもうちょっと早くから
お互いに思っていることを
ぶつけあうべきだったんじゃないの?

「無力感だ。閉塞感だ。私は囚われている。
自由を奪われ、閉じ込められている。
誰か私を解放してくれ。私は外に出たい。
こんなところにいるのは嫌だ。」

でも杉村は優しすぎて
がんじがらめになっていて身動き取れない。

菜穂子と娘の桃子との縁を
よりよく生かしていくためには、
今多一族の外の人間になったほうが
いいのではないか。

「私は結局、妻の寛大さに甘え、
妻の経済力に甘え、義父の知力に甘え、
好き勝手をしてきただけではないのか。」

杉村のなかでさまざまな葛藤が渦巻くが
結局、お姫さまの勅命を待つしかなかったのでしょうか。

菜穂子お嬢さまの自我の目覚めとやらの
道連れにされた橋本氏が不憫です。

作者が杉村を探偵にするための
怒涛の展開でした。

今多コンツェルン会長・今多嘉親に
会えなくなるのは残念です。

* * *

なんとなく読む気にならなかったこの本。
でも『ソロモンの偽証』の文庫本に
書下ろし短編が載っていて
そこには杉村三郎が出てくるという
情報が入ったので(隣の奥さんから)
先にこちらから読まなくてはと思った次第でございます。
文庫の短編、楽しみ!

ペテロの葬列

ペテロの葬列

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/12/20
  • メディア: 単行本




タグ:宮部みゆき
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 2

コメントの受付は締め切りました
sknys

外出中に倒れて、救急車で病院へ強制搬送。
1週間入院していました^^;
『ペテロの葬列』は入院中に読み終えた1冊です。

蜿蜒とバスジャック事件が続くのかと危惧していたら、鉈でブッタ斬ったような突然の終焉!
解放された人質たちに、犯人の約束通り「慰謝料」が届く。
豊田商事事件紛いの「マルチ商法」と「強欲」が人生を狂わせる。
被害者=加害者という二律背反のテーマは『火車』や『ソロモンの偽証』にもあった。

宮部みゆきは後半、力業で1つ1つ捩じ伏せて行く。
2度目のバスジャック事件、主人公・杉村三郎の退社、離婚‥‥
身勝手な菜穂子だけは好きになれませんが、この種のお嬢様が上流階級にはいるんでしょうね?
by sknys (2016-03-10 20:15) 

miyuco

sknysさん、だいじょうぶ?!
季節の変わり目で寒暖差が激しいこの時期、
どうかお身体に気をつけてお過ごしください。

『ペテロの葬列』はちょっと詰めこみすぎかなと
思ったりしました。
あいかわらず圧倒的な筆力でしたけれど。
シリーズ最新作が連載中らしいので、
今後の杉村三郎がたのしみです。

コメントありがとうございます!



by miyuco (2016-03-12 20:00) 

トラックバック 0