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『夕凪の街桜の国』 こうの史代 [コミック]

「広島のある日本のあるこの世界を
愛するすべての人へ」

枠線以外はフリーハンドで描かれている優しい絵のタッチ。
『夕凪の街』はたった30ページの作品です。
その短いページに込められたものはとても大きい。
原爆投下から10年後の広島が舞台。
生き残った者の苦しみ。
死んでいく者の苦しみ。
両方が描かれています。
生きている喜びが幸福感が物語にあるから
なおさらその苦しみが胸に迫りました。

「生きとってくれてありがとうな」
生き残った罪悪感に苦しむ主人公皆実が
この言葉を聞いたときの胸の内を想像すると
読んでいる私の心も温かさに満ちていきます。
ずっと幸福なふたりでいられたらよかったのに。

『桜の国』
旭(皆実の弟)の娘・七波が主人公。
七波は母と祖母(皆実の母)を被爆の後遺症で失っている。
七波の弟・凪生は被爆者が身内にいることを理由に
相手の親に結婚を反対されていた。

原爆の後遺症は終わらない。
いつもは潜んでいるくせに忘れた頃に
もっとも効果的な手段で関係した人たちを傷つける。

七波の両親、旭と京花のエピソードが回想シーンで描かれる。
被爆した京花との結婚を旭の母は反対する。
身近な人が原爆で死ぬのを見るのは辛いと。
自らも被爆者でありながら息子が被爆者と結婚することを憂う。
このお母さんの苦しみはどれほどのものだったか。

それでもふたりは結婚して幸福に暮らしました。
原爆がもたらした障害があっても
それに壊されないささやかな幸福がある。
あまりにも多くのものを奪い去った原爆だけれど
けっして奪い取れないものがある。
悲しみだけではなく日々を営む人間の美しさがあるから
この作品は輝いているんだと思う。

*****

「わかっているのは【死ねばいい】と誰かに思われたということ」
皆実はこう言いますが、【誰か】は広島には大勢の人が暮らしていて
自分たちと同じように泣いたり笑ったりしているのだということを
まったく考えてなかったのではないかな。
データとしか見ていなかったのではないでしょうか。
残酷です。

小学生の頃、夏休みの読書感想文の課題に
必ず戦争を題材にしたものがあった。
読むとつらくて、何で毎年こういうのを
読まないといけないんだろうと思っていた。
「八月がくるたびに」という本はとくに印象が強烈でした。
イラストが怖かった。篠原勝之さんの挿絵だとあとで知りました。
(現在発行されている本のイラストは当時とは違うようです。
私のように感じる人間に配慮したのかな。でもそれは必要なことなの?)

被爆者の結婚差別などについては知っていた。
1970年代の少女マンガには社会派の作品が
ときどき掲載されていたからです。ラブコメにまざって^^
水俣病を題材にした作品も読んだ記憶がある。
少女マンガも政治の季節に反応してたんですね。

TVドラマの「夢千代日記」
夢千代さんが体内被曝していました。
向田邦子さん脚本の「寺内貫太郎一家」では
貫太郎が空襲で傷ついた瀕死の怪我人に
水をくださいと言われたのに、持っている残り少ない水を
差し出すことができなかったことを
ずっと悔やんで苦しむ場面がありました。
(実は思い違いで実際は逡巡しながらも水を飲ませてあげていた。
ためらったことが強く心に残って苦しんでいたわけです)
こんなふうにドラマに織り込まれた戦争の記憶が
私の中にしっかりと残っています。

広島への原子爆弾投下『ウィキペディア(Wikipedia)』
原子爆弾を投下する都市の選択は
高度な戦略的価値を持つこと、などの条件に適した地であり
「投下目標は原子爆弾の「爆風の効果」が分かるような
地勢を備えるべしとの条件が加わり」
とあります。データを取りやすい場所という事でしょうか。

原爆は人道に対する犯罪であり
「しようがなかった」ことではありません。

 

夕凪の街桜の国

夕凪の街桜の国

  • 作者: こうの 史代
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 単行本

映画化されてまもなく公開されます。
この奇跡のような作品の伝えるものが
どうか損なわれることなく
スクリーンからも伝わってきますように。

こちらで立ち読みできます。

http://comics.yahoo.co.jp/10days/kounohum01/yuunagin01/shoshi/shoshi_0001.html

 


タグ:夕凪の街
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コメント 6

びっけ

勤務先の小学校の図書室に、この本を置きたいなと思っています。
7月の選書リストに入れる予定です。
今、子ども達は、図書室にある『はだしのゲン』(中沢啓治)や『ほたるの墓(ジブリのアニメ絵本)』をよく読んでいます。
『はだしのゲン』は、5年前に買った愛蔵版10巻がボロボロになって、去年買いなおしたほど、毎年毎年、5、6年生が読んでいます。
このマンガは描写がリアルで、私も子どもの頃に読んだけれど、怖かったです。でも、怖くてもストーリーに力があって最後まで読ませられる感じでした。
きっと『夕凪の街 桜の国』も読んでくれると思います。

>小学生の頃、夏休みの読書感想文の課題に
>必ず戦争を題材にしたものがあった。
そうでしたね。『ガラスのうさぎ』も『八月がくるたびに』も『かわいそうな象』も、今も胸に残っています。
大人になった今、原爆や空襲の真実をきちんと伝えていくことが、「美しい国」なんてチャラチャラ言っている間にやるべきことだと強く思います。
by びっけ (2007-07-05 20:14) 

おきざりスゥ。

同じです<八月がくるたびに>内容は忘れてしまいました。
でも挿絵は印象に残っています。やっぱり怖く感じました。
情けないけれど『はだしのゲン』は読み通すことが出来ませんでした。
読書感想文用だったかは憶えていませんが小学校当時読んだ
<海から来た少女>という本は戦争の恐ろしさ悲しさを静かに訴える話でした。

>データとしか見ていなかったのではないでしょうか

いつだってそうです。
女とか子供とか〇国人とか××教徒だからとか個人名が消えた途端に理解も共感も遠のいてしまいます。
(おかしな例えかもしれませんが名前をつけて可愛がった豚を食べることができなくなるのと反対に)

原子爆弾の投下についても所詮戦略上政治上の判断。
終戦後の世界においての東の国々への脅威を目に見える形で誇示しておきたかった米国は日本軍の暗号を疾うに解読しており日本が降伏しそうになると投下を急いだと推測されています。

原爆は決して“終戦を早め結果として失われたかもしれない被爆者たちの何倍もの命を救った”りしていません。
(同じ威圧としても欧州の白人種の国では戦後の反発も大きいと予想し黄色人種の国へ落としたのだという意見もあります。信じたくないけれどありそうなことです。
人は身近なものから離れるほど無関心かつ冷酷になれますから)

時を遡って悲劇を帳消しにすることはできません。
その意味でならば起きてしまった事はしょうがないという云い方も出てくるのかもしれません。
でも取り返しの付かない事だからこそ事実を捻じ曲げて解釈することは許されません。

そして原爆だけが兵器ではありません。
昔のTVマンガではよく“平和の為に戦う”といった言い回しが使われていました。
主人公達は武器を持って敵を倒していました。
今でも台詞は変わっても内容は変わらないでしょう。

ほんとうに“平和の為に戦う”時には武器は持たないものです。
弾が命中すれば終わってしまう戦闘、力で捻じ伏せられる戦争、金でカタをつけるとも云える賠償や領土の割譲と違って“平和の為に戦う”ことは何と手間の掛かるまだるっこしく終わりのないものでしょう。

「我々がしなければならなかったのは戦うことではなく愛し合うことだったのだ」
というともすれば薄っぺらくなってしまう言葉。
それでも理解と共感と互いの尊重以外に悲劇を避ける手段はないでしょう。
もしどうしても避けられない争いを迎えることとなっても心底には同じ人間としての思いを持って争いを避けられなかったことへの後悔と痛みを持って行われなければ。
                      人のすることは人によって変えられると信じたい。
by おきざりスゥ。 (2007-07-06 09:31) 

miyuco

>びっけさん
きっと大勢の子供たちが図書室にあるこの本を
読んでくれると思います。
「火垂るの墓」もジブリ映画になったからこそ
子供たちに読みつがれているのでしょうし
マンガという媒体の可能性を感じます。
実はわたしは「はだしのゲン」を読んでいないし
ジブリ映画も見ることが出来ないダメ人間です。
ドラマはミスチル桜井さんの「生まれ来る子供たちのために」を
聞きたいがために見ましたが、本当につらかった。
「夕凪の街桜の国」もずっと読むのを躊躇ってました。
でも、読んでよかったです。
nice!とコメントありがとうございました。
by miyuco (2007-07-06 15:30) 

miyuco

>スゥ。
「八月がくるたびに」は本当に衝撃でした。
…私は「はだしのゲン」を手に取ることすらできません。
(息子たちは図書室で読んでいるのに)

原爆投下に関する今回の発言は
もしかして「釣り」なのかと思うくらい
新聞やネット上でたくさんの否定的な意見が出ています。
「しようがない」という言葉になぜこんなに激烈に
反応するのかを目にして、その意味するところを
考えてくれる人が増えてくれればいいなと思います。

SFを読んでいると、過酷な惑星で暮らす異星人が
争いで滅びかけている地球を見て
なぜこんなに美しい場所を粗末に扱うんだ
人類は対話による交渉手段を知らないのかと
嘆く場面があったりします。
シンプルな正論にそのとおりだといつも深く頷きます。

nice!とコメントありがとうございました。
by miyuco (2007-07-06 15:54) 

流星☆彡

私も、コミックを購入して、思いの外 小ぶりな作品だったので、ちょっと
驚きました。でも、無駄なく 要素が ぎゅっと詰まった…そんな描写でした。
いよいよ 映画の先行上映が始まります!他ブログ記事で、試写会での
監督さんのコメントを知ったのですが、大作の封切が“ひしめく”夏休みでは
あるけれど、あえて 夏の公開に拘ったそうです。映画も なんとか善戦して
もらいたい!と 願ったりしている昨今の私。(^^ゞ
「寺内貫太郎一家」←貴女も ご覧になってたんですね!向田邦子脚本
でしたものね。カッコ悪いことを嫌う 子供心にも、す~っと入ってきましたよ
ね。ああいった 穏やかで反発を呼ばない 反戦の訴えって、形に昇華する
ことが とても難しい作業でしょうね。久しぶりに来た この作品の世への
発信を、大いに応援したい…(我が子を愛する…)親心だったりしています。
(*^_^*)
by 流星☆彡 (2007-07-21 07:54) 

miyuco

>流星☆彡 さん
昔のTVドラマはワンクールが長かったので
戦争の記憶を織り込んだストーリーを
夏になると見ましたよね。とても印象に残ってます。

この原作は泣けてしまいました。腹が立つというか。
映画も観に行くつもりです。
確かに夏に公開するべき映画ですよね。
nice!とコメントありがとうございました。
by miyuco (2007-07-21 18:01) 

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