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『私の男』 桜庭一樹 [読書]

私の男


お父さんからは夜の匂いがした。
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。
暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、
美しく力強い筆致で抉りだす





腐野花(くさりのはな)が「私の男」と呼ぶ相手は養父・淳悟
花は9歳で孤児になり25歳の淳悟に引き取られた。

父と娘の禁忌を描いている作品など
薄汚く不快なだけのような気がして
なかなか読む気になれなかった。
しかしいったん手にとって読んでみると
そんな先入観は消え去り
花と淳悟の物語に惹きつけられる。
圧倒的でした。
感想なんか書けないと思いながらとりあえず書いてみたけど
やっぱりうまくいかなかった^^;

最初に別れがあり時をさかのぼるかたちで
ふたりの間に何があったのか語られていく。
この構成がとてもよかったと思う。
果てなき深みにはまりこみ身動き取れないままの
物語ではないということが始めから明らかにされている。

優雅ではあるけれどみじめな男・淳悟が
どこか魅力的に描かれていて救われた。
そうでなければセンセーショナルな題材に
腰が引けて読むのがつらくなってしまう。
不意打ちのように姿を消す男は
離れていく花に執着し追いすがるわけではない。

離れられない。
そばにいたい。
もう、離れないといけない。
でも、できるだろうか…。

何故「離れないといけない」のだろうか。

いまはもう、ここに欲望はなかった。
これ以上、進むところはどこにもなかった。

かつては欲望があったということなのか。
古びた小型カメラ、押入に潜んでいるものは何を意味するのか
ふたりの過去がさまざまな形で仄めかされる第一章。

ただ確信できているのは、
雨のような匂いのするこの養父こそが、
まぎれもなく、私の男だということだけだった。

「私の男」「淳悟」「おとうさん」
花は三通りの呼び方をする。
「私の男」「淳悟」こう呼ぶのはわかるけれど
同時に「おとうさん」という言葉を使うのは
なんとなく違和感があったが
最後まで読み終えたときにそれは
ストンとおさまった気がした。

「花は、海からきたんだ。
海から、俺のところにもどってきた」

過去にさかのぼるにつれ
花と淳悟の心の奥底にあるものが
はっきりと輪郭を持って立ちのぼってくる。
読み終えてまた最初から読んでみると
第一章の筆運びに感嘆します。

「この人しかいないという、
信仰にも似た、確信。」
しかし今の花は過去を否定し
生き直し幸せになりたいと思っている。

花を引き取ったときに淳悟も生き直したいと思ったのかもしれない。
しかし自分のなかにあるどうしようもない乾きを癒す場所を
娘のなかに見つけてしまった。

「奪われて育ち、おおきな空洞に、なった。
大人になって、奪って、生きのびる。」
第5章【小町と凪】

しかし幼い花は奪われていただけではない。
乞う者に与えるよろこびが
家族から取り残されてできた心の空白を埋めていった。
この関係は共犯者のようであり
強者(保護する者)が弱者(保護される者)の心を
支配した結果でもあるように思える。

淳悟は花の前から姿を消す。
15年前に淳悟を支配していた空洞はもう消えたのだろうか。
娘をむさぼり尽くして埋め草にすることができたのか。
きっとできたのでしょう。
けれどもそれは別の形の空洞を作ってしまったのかもしれない。
「あのころよりも、淳悟のこころはさらに脆くなっていた。」 (第1章)
花にとってもそれは同じ。
「わたしには自分を大切に生きるということが難しかった。」

「どちらがどちらを支えているのか、
互いに困っているのか、
必要としあっているのかもよくわからない。
それはなんともグロテスクなフォルムだった。」
「絡まりながらただそこにいる、
花と淳悟さんの姿をみつめていた。」
第2章【美郎と、ふるい死体】

美郎がふたりの姿から連想した
絡みあう二本の木を描いた絵画は
題名を「チェインギャング」といい
鎖につながれた囚人どうしという意味だった。
「互いにつながれているために、
どちらも相手から逃げられないのだ。
絡まって。痩せこけて。疲れきり。
それでも、強欲に枝をのばす。」

美郎と小町の視点からふたりを描いた章が
絶妙のタイミングで入ってきてとても効果的だった。

流氷の上の殺したい男の前で
怒りの涙を流し続ける花の姿が強く印象に残る。
男の言っていることなどきっとわかっていたのではないかな。
でもどうすればいいのか。
否定したら生きてはいけない。

そして24歳になった花は
過去を否定しなければ生きていけない。
けれども
「この手を、わたしは、ずっと離さないだろう。」
と思っていた9歳の花も心に棲みついている。
それを抱えたまま生きていかなければならない。

ふたりを断罪する立場の男性が
ぞわっとするほど気持ち悪く描かれてました^^;

しっかしどうしようもなくとりとめのない感想だなと
自分でもうんざりorz
桜庭一樹さんの力量はわかった。
さて次は何を読もうかな。
テイストが合いそうな作家さんに出会えてうれしいです。


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miyuco

ミナモさん、nice!ありがとうございました♪
by miyuco (2008-11-07 22:36) 

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