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『小暮写眞館』 宮部みゆき [読書]

『小暮写眞館』という古びた雰囲気のタイトル
田園風景とローカル線を走る電車の表紙も
のどかなイメージ

どんな話なんだろう?
昭和の時代を舞台にしたほのぼの系かな?
などと思いながら分厚い本を読み始めました。
予想はハズレ。
今、この時代の高校生が主人公。
少年が主役の宮部さんの本は
久しぶりのような気がする。(ファンタジー以外で)

とてもよかった!
あたたかい読後感が残ります。

読み終わったあと、装幀の景色に
泣かされてしまいました。

出会いと別れの物語であり、再生の物語
不運にも理不尽に傷つけられることは、ある。
しかしそっと力を貸してくれる人と
思いがけず出会うこともある
「走り出せ」とそっと背中を押してくれる。

宮部さんが巧いのはわかりきっているのですが
今回も、人々のなかにある美しいもの
目を背けたくなるものを豊饒な筆致で描き出し
読者の心を揺さぶります。

でも、前半のふたつの話はちょっと退屈^^;
昔の宮部さんだったらもっとエッジのきいた運びに
できたのではないかなと思ったりしました。
しかし、それは助走部分だったと後からわかってきます。
そこからは怒濤の展開でした。

花菱英一は高校一年生。
両親は世間的には常識人だが、
家庭内ではちょっと変わった言動がままあると
「花ちゃん」は思っている。
念願のマイホームなのに店舗付き住宅を購入。
その「古屋」をそのまま残して暮らそうとしている。
それが『小暮写眞館』
ショーウインドウも看板もそのまま残してある。
もちろん、写真屋さんをはじめるわけではない。

「この家のお店の部分、そのまんま残して使おうよ。
ユニークで楽しいしさ」

『小暮写眞館』の名残に引き寄せられるように
一枚の写真が英一の手元に舞い込んでくる。
不気味な「心霊写真」
女子高校生がフリマで買った商品の間に
紛れ込んでいた写真は小暮写眞館の封筒に入っていた。
「あんたのとこの写真なんだから、あんたが始末してよね。」

写真館の元の持ち主に返してもらおうと
仲介の不動産屋を訪れると、思いがけず
写真に写っている人物の情報を聞くことになる。
花ちゃんは興味を持ち、謎を解明しようと行動を起こす。

小暮さんの幽霊が出るとウワサされているらしい。
「幽霊、平気です。」と英一は言う。
「幽霊なら、うちにも自前のが一人いるんで、
もう定員いっぱいですし」

花菱家が抱えている喪失感。
それが物語の基調となっている。
「心霊写真」を巡る謎と「小暮さんの幽霊」は
英一と弟のピカちゃんが長い間心の奥底に
しまいこんでいて、どうすることもできなかったものを
どうにかしようとする端緒となったようです。

あの辛いことがあってから、英一は家族を(特に母を)
守ろうと必死だったんですね。
後悔の念がそれで消えるわけではないけれど。
英一と同じ苦しみを抱き、壊れそうになっていた弟を
守ることができました。
ふたりで見た川の向こうの子どもの情景は鮮やかだった。
とても印象的です。

魅力的な登場人物たち
弟の光(ひかる・)は小学校三年生になる。
誰からも愛されるピカちゃん。
英一が小学校の頃から家族ぐるみでつきあっている
優等生でユニークな親友・テンコ。
コゲパンという女子にはあるまじきニックネームの
同級生・寺内小春。
ナイーブで健気な女の子。かわいい。
不動産屋の無愛想な事務員・垣本順子。
(垣本順子のイメージは倉多江美のマンガに出てくる
やせっぽっちで無表情の女の子^^)

垣本さん、今ごろどうしてるのかな。

以下、未読の方はご注意を

*
*
*

垣本順子を背負って病院に走っているとき
今度こそ絶対に死なせない、妹のときのようにはしないと
英一は心の中で叫んでいたのでしょう。

垣本さんを救ったことで英一も救われたのだと思う。

かちんこちんに冷凍睡眠させてきた記憶
でもそれは徐々に周りを蝕んでいた。
「いっぺん解凍して、冷凍し直してやる。」
と英一は思っていたけれど、もう冷凍する必要はない。
きっと痛みを受け入れることができるはず。

垣本順子の場合は深刻です。
記憶を冷凍しようにもすぐに溶けだして打ちのめす。
逃げても追いかけてきてまた傷つける。

テンコの父ちゃんを見た人は
ある年代の人は草刈正雄に似ているといい
キムタクといい、松潤に似ているという。

「エイイチに似てる。」
垣本順子のひとことは知らず知らずのうちに出てしまった
素直な気持ち。

恋も愛も好きも口にしなかった自覚のない(?)ふたりの
ほのかなラブストーリーが胸にじんわり沁みました。
別れの駅の場面が心に残ります。

垣本順子はどこかでまた、無愛想に働いていることでしょう。
走り出せという英一の声は届いている。

「そこにはきっと、春の花がいっぱいに咲いている。」

そうだといいね!

小暮写眞館 (100周年書き下ろし)

小暮写眞館 (100周年書き下ろし)

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/05/14
  • メディア: 単行本


 


タグ:宮部みゆき
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コメント 4

ブック人気ランキング娯楽部

NICE記事!!
おはようございます
もしよろしかったら相互リンクお願いします[__キスマーク]


by ブック人気ランキング娯楽部 (2010-06-11 10:10) 

miyuco

読んでいただいてありがとうございます。
by miyuco (2010-06-18 19:16) 

sknys

miyucoさん、こんばんは。
やっと読み終わりました。
ミステリの要素はあるものの、殺人事件や犯罪は起こらない。
花菱家の長男・英一を主人公にした3人称小説だが、
1人称視点(内的独白)で描かれる。
「小暮写眞館」「世界の縁側」で心霊写真探偵ものかと想わせて、「カモメの名前」で転じ、「鉄路の春」で意外なところに着地する4部構成(起承転結)。

コゲパンや田部女史、テンコやピカに翻弄される花ちゃん。
ST不動産の事務員・垣本順子‥‥また嫌な女が出て来たと思ったら‥‥レレレ?
「悪魔のいけにえ」や「遊星からの物体X」などスプラッタ〜ホラー趣味もある。
写真館なのに駅と電車という表紙カヴァに泣かされちゃった^^:
by sknys (2012-02-13 00:33) 

miyuco

sknysさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
読み終わったあとにこの装幀を見ると
グッときてしまいますよね。
大好きな本です^^
by miyuco (2012-02-15 18:04) 

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