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『スロウハイツの神様』 辻村深月 [読書]

読み終わった時に感じたのは何とも言えない幸福感。
こういう展開が待っているなんて
上巻を読んでいるときには思いもしなかった。

最終章にて涙腺決壊。なにこの破壊力。
登場人物たちがとても愛おしい。
大好きな本がまた一冊増えました。

「家の名前は『スロウハイツ』にしよう。
この家では、ゆっくりと時間をかけて、
できるだけみんなで会話する。
そしてその分、夢とか理想だとかは、
手早くぱっぱと叶えてね。それで行こう」

心惹かれるのは清々しい感覚が残るからかな。
言葉がほとばしるようにストレートに迫ってきて心地よい。
冗長だなと感じる部分があったり
語り手が小刻みに変わって読みづらいところがあったり
欠点はあるけれどそれを補ってあまりある魅力を
この本は持っています。

最新作「鍵のない夢を見る」が直木賞を獲りました。
いかにも“ザ・ブンガク”というような作品は
権威ある賞にはふさわしいのでしょう。
でも、私は「スロウハイツの神様」のほうが
ずっとずっと好き。
完成度がどうのこうのというのはふっとばして
胸にぐっとくる、こういう物語が好きです。

(余談・直木賞作家の森絵都さんの作品は
大好きだったのですが受賞後のものはなんだか・・・
一番好きなのは「つきのふね」)

20代の辻村深月さんが書いた作品は
ほとんど読んでいない。
お楽しみは、まだまだ残っている。
うれしい限りでございます。


「チヨダ・コーキはいつか抜ける。
現実を受けとめ、そこに生きる大人には、
彼の作品は響かない。」
「大人になるのを支える文学」

その昔、少女マンガにどっぷりはまっていた私も
こんな風な論調を読んだことがあります。
それから四半世紀をとうに過ぎた今、
「抜ける」ということはなかったと思う。
深く深く沈殿して心の奥底に棲みついています。
大人になるのを支えてくれたものは
大人になっても変わらずに支えてくれている。
環にとっての公輝がそうであるように。

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三階建ての小さなアパート「スロウハイツ」
オーナーは売れっ子脚本家の「赤羽環」
大家の住む三階を除くと部屋数は全部で六つ。
環の友人でクリエーターの卵たちが暮らす現代版「トキワ壮」
しかし「手塚治虫」は環ではない。
「チヨダ・コーキ」
主に、中高生からの絶大な人気を誇る小説家。
彼こそが住人たちの、環の「神様」
スロウハイツを舞台に、群像劇が展開する。

futaba.gif

かつて熱烈なファンによって引き起こされた
小説を模倣した大量殺人事件。
これを境に筆を折り、闇の底にいた彼を
少女からの128通の手紙が救った。
事件から10年。

新たな入居者「加々美莉々亜」が
コーキに近付く・・・

彼女が「コーキの天使」ちゃんではないことは
あまりにも明らか。
あれほど自己顕示欲の強い女の子が
マスコミに名乗らないはずがない。
「おしゃれな便箋などは使わず、
ただのルーズリーフにびっしりと綴られた手紙」
シンプルな手紙を送った少女が莉々亜のはずがない。

では、彼女は何をしようとしているのか?

「レディ・マディ」作者はチヨダ・コーキ
「ハロー・レイチェル」 鼓動チカラ
「ダークウェル」 幹永舞

この本には三つの作品が登場する。
上巻の最後で環が読んでしまった原稿は
「レディ・マディ」を模倣し、さらに刺激的に仕上げた
「ハロー・レイチェル」なのか。
コーキが絶賛する「ダークウェル」なのか。
スロウハイツの住人は何かを隠している?

という絶妙な「ひき」で上巻は終わります。
うまいです。

以下、未読の方はご注意を・・・




* 

*

*

この本に書かれているのはふたりの長い長い物語。
「一方通行の繋がらない線」
だったはずなのに、繋がった幸福な物語。

「-ーお久しぶりです」
「うっかり口にしてしまったこの一言のせいで、
公輝はそれから数十年の長きにわたり、
彼女からこれを罵られ、責められることになるのだが、
それはまた、別の話」

さりげなく書かれたこの文章を読んで、
なんだか泣けてきた。
よかった。
「数十年の長きにわたり」
環と公輝は近くにいるのだわね。

「あの子がいるから生きていける」
公輝は「あの子」にその気持ちを伝えることができる。
できるけれども、それはしないのですね。
そのかわりに、目の前にいる環を受けとめる。

でも、環に教えてあげたいと私は思ってしまう。

「環の名前は、つまりはリングですよね。
環みたいに強い女の子になって欲しいって、
そう思いながら書いてるんです。」

「後づけ?」と環が聞くと「後づけですけど」と
公輝は答えたけれど
それでも環はとても嬉しそうだったけど
本当ははじめから環のことだったんだよと
環に教えてあげたいです。(余計なお世話^^;)
本人は絶対に言わないだろうから。

チヨダ・コーキの作品は
青春のある一部分にだけ響く物語で、
自分のその時代が終わるとそこから卒業する
と言われていることを公輝は知っている。
年を取るとともに経験を獲得し、
小説や漫画より現実が楽しくなり、
そちらに惹きつけられていくうちに卒業する。

「僕のことなんか全て忘れてしまうんだ」
公輝は心の底からそれを望む。
環に充実した現実世界を手に入れて欲しいから。
幸福になって欲しいから。

しかし環は忘れていなかった。
そして逞しく歩き続けて公輝の前に現れる。
「彼女の目から消えた闇を思えばわかる。」
環のいる場所が公輝の望んだ卒業後の世界だと。
「---お久しぶりです」
この一言は万感をこめた言葉だったんですね。

環は自分が公輝を救った人物だと名乗ろうとはしない。
公輝はストーカー(?)だったことを言わない。
だから環は公輝がちゃんと天使に(環に)
たどり着いていたことを知らない。

チヨダ・コーキの本の影響で人殺しがおこなわれた。
そこまで一人の人間に影響を与えたことを
ある意味では光栄に思う。作家冥利に尽きる。
公輝の発言は大きな波紋を呼ぶ。その結果、
「二十二歳の千代田公輝は死にたかった。」

しかし思わぬところから光が射しこんでくる。
「ようやく差した灯台の光」128通の手紙
そして公輝は行動する。
見つけたのは小さな女の子。
「愛想のない無表情。
常に気を抜かずに力が入っているような頬と瞳。」

「彼女は、とても小さかった。
だけど、きびきび歩くのだ。
前を見て、決して転ばないように。
冷気に赤くなった足はあまりにたよりない。」

彼女とその妹の逢瀬にひそかに(あしながおじさん的に)
関わるうちに、公輝も息を吹き返してくる。

「喜んでもらえて嬉しい」
そう実感したときは作家冥利に尽きたのでしょう。
今度こそは負ではない意味で。

環は公輝に家族をつくってあげたいと願い
スロウハイツでの生活をプレゼントしたけれど
実はその前に大きな贈り物をしていたのですね。
知らず知らずのうちに。

幸福感に満ちて公輝が月を見上げる場面がとても好きです。


スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)





 

 

 

幹永舞(ミキナガマイ)
読み方変えて「かんえいぶ」
英語に変換すると「can able」
日本語では「可能」
狩野(カノウ)

ふっ、これはわかんなかったわ。。。
加納は最初っからこそこそ何かを隠してたし
「実を言うと、狩野は結構金持ちだ。」
って書いてあったし黒木の動向にくわしいし
何をやってるか一人だけはっきりしないし
正体には気づいたけど・・・

莉々亜が一癖ある人物だと
スロウハイツの面々は気づいていたはずだと思う。
感度の高いアンテナを持つ芸術家集団だもの。
しかし、素知らぬ顔をして見ていた。
どんな風にふるまうのか観察していたのかもしれない。
もしかしておもしろがっていた?
などとちょっと意地の悪い見方をしてみました。
でも彼女はやりすぎた。
クレバーなのに自己愛が強すぎて策に溺れる
中途半端なところがもったいない。
嘘つきをやり続けるのは難しいですわね。

「たいていの女の子にとって、
恋や男以上の幸せはないんでしょう?」

こういうのをしれっと書くところが辻村深月だけど
この認識が私にはないのでこういうところは苦手。
ゆえにスーこと森永すみれのあれやこれやは
ささっと読んで終わりにしてしまいました・・・

「そういえば、昔」
「コスプレしたまま町を歩いてて、
警察から職質を受けたことがあります。」
んっ?変なことを言うなという違和感。

女の子をストーカーしたことぐらいあるよな
という話の流れでの公輝のこの発言
「引かれるかもしれないけど、ないこともないです」
引っかかったところが最後にきちんと説明される。
ああそういうことだったのね。

環もスロウハイツでの生活で
家族をプレゼントしてもらった側なのかもしれない。

どうか、ずっとずっとお幸せに!

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タグ:辻村深月
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コメント 2

びっけ

スロウハイツ、私も好きです!
物語の構成も巧みだし、癖のある登場人物たちだけれど、嫌味が無いというか、身近に感じるというか。

確か、コーキの実家だったかが飯舘村でしたよね?
あの震災の直後に読んだので、本にその地名が出てきてビックリしたことを覚えてます。
by びっけ (2012-07-30 13:25) 

miyuco

びっけさんもこの本お好きでしたか!
混沌としたところもあるけれど
キラキラしたものをたくさん感じられる作品でした。

私も飯舘村という地名に、ドキッとしました。
「までいライフ」あの地で取り戻せるのでしょうか。
やるせない気持ちになります・・・

nice!とコメントありがとうございます♪
by miyuco (2012-07-31 22:34) 

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