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『ぼくのメジャースプーン』 辻村深月 [読書]

メジャースプーン=計量スプーン
「正しい道具を使って正しい分量をはかる」

「罪」の重さをはかり、「罰」の量をみきわめる。
難しい題材にいどみ、
上質な作品に仕上げた作者に敬意を表します。
「罰」を描くものは後味がよくないことが多く
少し身構えながら読みましたが
予想はいい形で裏切られました。

「怖かったでしょう。よく、頑張りました。」

全力で相手に向き合った「ぼく」に
読んでいる私も先生とおなじように声をかけたいです。
そして作者もよく頑張ったと思います。

小学四年生の子どもが背負うものの大きさに胸が痛くなる。
きっと見守る先生もそうだったはず。
しかし先生は結論ありきの姿勢ではなく
冷静に語りかけ、心の中を整理できるように導き
厳しくもやさしく接する。
「子どもたちは夜と遊ぶ」で秋先生の人柄は
わかっていましたが、ますます好きになりました。

ある日、学校で起きた陰惨な事件。
ぼくの幼なじみ、ふみちゃんは
ショックのあまり心を閉ざし、言葉を失った。
彼女のため、犯人に対してぼくだけにできることがある。
チャンスは本当に1度だけ。
これはぼくの闘いだ。

目立ちたがり屋の愉快犯のターゲットにされたうさぎ小屋。
残酷な仕打ちを受けたたくさんのうさぎ。
一番最初にむごい現場を目にしたのは
誰よりもうさぎを大切に思っていた女の子・ふみちゃん。
ふみちゃんの心も深い傷を負う。

犯人の罪状は「器物破損」と「動物愛護法違反」
市川雄太が失ったのは医学部の学生という身分のみ。

「市川雄太は自由を手にしたまま、何一つ失わない。」

「だけど、ふみちゃんは学校に来ないし、うさぎ小屋はからっぽ。」

「ぼくがいちばんいいと思ってる子」
それがふみちゃん。クラスのリーダー的存在の子。
「ふみちゃんは、ぼくにとって、友だちだけど、
ちょっと憧れみたいなとこがあって、
ぼくは彼女のことをこっそり尊敬していた。」

「ぼく」は不思議な力を持っている。
そしてその力を卑劣な犯人に使おうとしている。

親戚でただひとり同じ能力を持っている人物
D大学教授・秋山一樹に「力」について教えてもらう。
市川雄太と対面するまであと六日。

「子どもたちは夜と遊ぶ」で
秋先生が使った「力」が明らかになります。
その「力」は月子にも使いそして敗北したと。
・・・ああ、そうだったのね。

自分があなたの立場だったら
市川雄太にはなにもしないと秋先生は言います。

「ふみちゃんは、必ず元通り、元気になる日が来るからです。」

「人間というのは、とても強い生き物なんです。」
と言い切るのは、もしかすると月子のことを
見ているからなのかもしれない。

月子と恭司が出てきます。

もし自分だったら堂々と正面から仕返しをしに行く。
と恭司は言います。

「犯人をうさぎと同じ目に遭わせる。」

「自分のために怒り狂って、
誰かが大声を上げて泣いてくれる。
必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを
知って欲しい。その気持ちは必ず届くと信じている」

やっぱり石澤恭司はかっこいい。

「身体ごと相手の人生に飛び込み、
巻き込まれる決意ができないのなら、
復讐などしてはいけない。」
と言ったのは月子。

「ぼく」は真正面から自分の身体を差し出して
相手に罰をあたえました。

* * *

「責任を感じなくても、いつか、
因果っていうのが返ってくるんでしょう?
自分のしたことが、自分の人生に跳ね返ってくる」

「はい」

「先生も、そうでしたか」

「すぐにそう感じたこともあるし、
感じなかったこともある。
今は、それが自分に帰ってくるのを
静かに待っているところです。」

* * *

「自分のしたことが、自分の人生に跳ね返ってくる」

まだ十歳の「ぼく」は静かに待つのではなくて
その瞬間に自分に帰ってくることを選んだのですね。

「身近な誰かに対して
自分がもう力を持たない存在として接することができるのは、
幸せなことなんですよ」

「力」による強制力を行使した結果なのか、
あるいは自然な感情の流れだったのか
思い悩むことがふたりの関係性に影を落とすかもしれない。
しかし「ぼく」とふみちゃんの間にそれは起こらない。
ホッとしました。

以下、未読の方はご注意を
(だらだら書いてます・・・)

* 

*

*

「子どもたちは夜と遊ぶ」での月子に続けて
先生にとっては二度目の敗北だったのかもしれない。
自分の命を投げ出すとは。

彼自身が飛び抜けてひどい不幸に見舞われること。
そんなことでもなければ市川雄太が反省する機会はない
と先生は言います。

「市川雄太を飛び抜けて不幸にする覚悟もないのに、
反省させよう、復讐をしようなんていうのは虫のいい話です。
そんなことはできるわけがない。
のうのうと今日までやってきた彼の人生を止めたいんでしょう?」

「止めたいです」

彼が一番恐れているのは経済封鎖。
しかし彼に甘い身内にまで声の力は作用しない。
失ったものは「医学部の学生という身分」だけ。
そこに執着などしていないという言葉が
伝わってきているけれど、本当のところはわからない。

暴かれた本性は予想通りとはいえ、
あまりにもお粗末でした。
「ぼく」の悲痛な覚悟をぶつける価値もない。

「自分のために怒り狂って、
誰かが大声を上げて泣いてくれる」

「ぼく」の「覚悟」はふみちゃんに届きました。

* * *

読んでいて不思議だった。
あの日、当番を代わってもらったから
ふみちゃんは一番ひどい状況を目にしてしまった。
それを後悔していないはずがないのに
「ぼく」は一言もそれに触れない。

口にすることすらできなかったんですね。
それほど大きな罪悪感に押しつぶされていた。
「ぼく」は自分を責め続けPTSD(心的外傷後ストレス障害)は
あの日から少しも癒えることがなかった。

そんな「ぼく」は気づかなかったけれど
ふみちゃんはゆっくりと自分を取り戻していった。
「ぼく」がそばにいてくれたのもよかったのでしょう。
ふみちゃん自身の強さもあるのでしょう。

いいラストシーンでした。

ピアノの発表会のときの会話を覚えていたふみちゃん。
戻ったのは声の力が作用したからではなかった。
(作用したならば会話を忘れているはず)
ふみちゃんは「力」ではなく
「ぼく」の「心からの言葉」で戻ったわけです。

「ぼくは、ふみちゃんに、いつも堂々としてて欲しいんだ。
そんな友達、ぼくにはふみちゃんしかいないよ。
ぼくはふみちゃんと仲がいいことが自慢なんだ」

だから堂々としなきゃ、逃げちゃダメだって思った。

「ぼく」と「ふみちゃん」の間に「力」は必要ないですね。

ぼくのメジャースプーン (講談社ノベルス)

ぼくのメジャースプーン (講談社ノベルス)

  • 作者: 辻村 深月
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/04/07
  • メディア: 新書

発表会でふみちゃんの前にピアノを弾いた松永くんは松永郁也。
一緒に病院のリハビリ教室に通っていたふみちゃんは
ひどいことがあって口がきけなくなってしまったと
「凍りのくじら」にあったのでどうしたのだろうと気になっていた。
その原因が「ぼくのメジャースプーン」でわかりました。
多恵さんの「白い軽自動車」もさりげなく登場してた。

時系列から言って、郁也とふみちゃんは
ほぼ同じ頃に言葉を発せるようになったのかな。

「子どもたちは夜と遊ぶ」
瀕死の月子を前にしての先生の言葉
「吐き出しなさい。そうしなければ、息が詰まってしまう」
読んでいて違和感を感じていた。
そうだったんですね。力を使っていた。

しかし月子は吐き出すのを拒否。
息が詰まってもかまわないというほどの強い意志。
助けようとした先生の思惑ははずれました。
能力者がはかる罰の重さが対象者の考えとは異なる場合
この力は無力です。
月子が命を賭けてまで彼を守ろうとしたことに
もう一度胸が熱くなります。

次は「名前探しの放課後」を読まなくては。


タグ:辻村深月
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コメント 6

のりたま

最近はドラマ化されたりと注目の作家さんですよね。
先日1冊購入しましたが1行も読まずにどこかに置き忘れ(涙)
次回にチャレンジです(笑)

by のりたま (2012-11-16 11:51) 

よこっち


あたしも、読みました。

メジャースプーンは、「ぼく」の意志、覚悟、がすごい伝わってきて、ただただ「ふみちゃん」に元気になってほしい、その一心がさせたことだと思うと、もう・・・。

月子たちに、会えたのも嬉しかった。


by よこっち (2012-11-19 11:22) 

miyuco

>のりたまさん
辻村深月の本は途中まで読むのがつらいことが
多かったのですがどれもラストは秀逸でした。
ぜひ、お読みになってみてください^^
nice!とコメントありがとうございました。
by miyuco (2012-11-20 18:19) 

miyuco

>よこっちさん
あんなに小さい子がさぞ怖かっただろうと思います。
本当にすごい覚悟でした。

わたしもその後の月子に会えてうれしかったです。
恭司はあいかわらずかっこよくて、
それもとてもうれしい。


by miyuco (2012-11-20 18:24) 

sknys

miyucoさん、こんばんは。
スプーンを曲げる超能力少年の話ですね(←ウソぴょん)。

小学4年生の「ぼく」が語る1人称小説には「アクロイド殺し」のように、一番肝腎なことに触れないという「叙述トリック」が仕掛けられている。
「一言もそれに触れない」のはPTSDというよりも、子供でも大人(読者も?)を騙せるということじゃないかしら。

他作の登場人物が顔を見せたり、真相が本作で明かされるという掟破りの趣向は森博嗣の影響かもしれません^^;

ところで、秋先生は市川雄太に「今すぐその手を離しなさい」「でなければ、お前は──」と呪いをかけたのでしょうか。

次は『スロウハイツの神様』を読もうかな?
by sknys (2013-03-07 23:23) 

miyuco

sknysさん、コメントありがとうございます。
本当にみごとなスプーン曲げでしたね。(ウソ)

辻村深月は叙述トリックが上手です。
終盤の種明かしからドラマチックに展開する。

秋先生は呪いをかけたのでしょうね。
無意識のうちに力の使い方を考えてしまうのが
力を持つ者の「業」なのではないかな。


by miyuco (2013-03-09 15:09) 

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