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『いまさら翼といわれても』 米澤穂信 [読書]

〈古典部〉シリーズ最新作。

折木奉太郎、千反田える、里志、摩耶花
〈古典部〉4人の6篇の物語。

『鏡には映らない』
「やるべきことなら手短に」という
奉太郎のモットーは怠け者の繰り言だと
摩耶花は馬鹿にしていた。
中学の卒業制作の事件も
面倒だと思ったら任された仕事を
奉太郎が簡単に放り投げた結果だと思っていた。

「やるべきことは手短に」
しかし、やるべきことをやらなかったことはない。
〈古典部〉でのふるまいを見ていればわかる。
では、あの一件はどういうことだったんだろう。

折木が何の思惑もなく
無責任なことをするはずがないと
今の摩耶花は考える。
〈古典部〉のはじまりの頃は
あんなに奉太郎を敵視していたのにと
なんだか嬉しくなります。

むきだしの悪意に愕然として
意趣返しの見事さに胸をなでおろします。

『長い休日』
奉太郎は心の底から変わったりしなかった。
ただ自己防衛の手段を身に着けただけ。
姉の懸念は回避されました。
そして予言のほうは当たったわけです。
米澤穂信のラブストーリーは大好きです。

『わたしたちの伝説の一冊』
摩耶花は整理できたようですね。
ひとつ目標も決まったけれど
苦難の道のりが待ってるような・・・
がんばって。

『いまさら翼といわれても』
まさにタイトル通りの心情で
混乱する千反田える。
心の芯に刻まれていた「やるべきこと」が揺らぎ
目の前の「やるべきこと」に身じろぎする。

〈古典部〉シリーズは続編があるようです。
彼らはまだまだ変化していくのでしょうね。


いまさら翼といわれても

いまさら翼といわれても

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/11/30
  • メディア: 単行本







 


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『みかづき』 森絵都 [読書]

とても読みやすかった。
リーダビリティが高いのですらすらとページがめくれます。

森絵都さんの書くアーモンドアイの勝気な女は
大好き。(DIVEの麻木夏陽子もそうでした)
グイグイ来る女に弱い、どこかのんびりしている男も好き。

塾業界を舞台に教育に携わる三代の家族の物語。

心に響いたのは三代目の一郎のパートです。
過去ではなく現代の教育の問題点に
馴染みがあるからかもしれない。
この部分には教える側だけではなく
教えられる側の子どもたちの事情が描かれています。
私は森絵都さんのティーンエイジャーを
主人公にした作品が好きだったので
子どもたちを描写する視点がこまやかで
以前と変わってなくてうれしい。

「教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。
不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ」

心から共感できる言葉です。

「大島さん。私、学校教育が太陽だとしたら、
塾は月のような存在になると思うんです。
太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、
暗がりの中で静かに照らす月。
今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、
かならず、満ちていきますわ。」
太陽と月。
はたして教育という宇宙に二つの光源が必要なのだろうか。

昭和36年、22才の大島吾郎は
必要なのかといぶかしげでしたが
時を経た平成の世で奮闘する
孫の一郎の姿を見れば答えは明らかです。

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昭和~平成の塾業界を舞台に、
三世代にわたって奮闘を続ける家族の物語。

昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、
勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、
ともに学習塾を立ち上げる。
女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。
ベビーブームと経済成長を背景に、
塾も順調に成長してゆくが・・・

みかづき

みかづき

  • 作者: 森 絵都
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/09/05
  • メディア: 単行本



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『蜜蜂と遠雷』 恩田陸 [読書]

恩田陸先生、直木賞受賞おめでとうございます!

『蜜蜂と遠雷』
おもしろかったです。
特に前半部分。
これぞオンダリクって感覚を
久しぶりに味わってうれしかった。
(スイマセン、ここしばらくは読んでいなかったので)

舞台はピアノコンクール。
さまざまな才能を目の当たりにして
刺激を受け、自らを見つめなおし、
成長していくコンテスタントたち。
若い彼らの変化が愛おしいです。

数か月前に世を去った伝説的な音楽家
ユウジ・フォン=ホフマン
亡くなる前に残した謎の言葉。
「僕は爆弾をセットしておいたよ。」
ホフマンの推薦状を手に現れた少年。
「演奏活動歴もなく、音楽学校にいたわけでもない。
まさに、海のものとも山のものともつかぬ存在」

恩田陸お得意の謎めいた仕掛けが発動する。
物語が始まります。

かつて天才少女として脚光を浴びていた亜夜。
どこか心ここにあらずで曖昧な印象の彼女の描写が
とてもうまいと感じました。
くっきりした輪郭へと劇的に変化する過程が好きです。
「素晴らしいピアノを弾きたい」
亜夜は本来あるべき居場所をもう一度見つけた。


亜夜にそっとよりそいながら、
自らを問い続ける奏。

内なるものを確信した明石。
「続けたい。弾き続けたい。」
「音楽家でありたい。」

このふたりも好感が持てます。
一歩ひいたところにいる登場人物も
きちんと魅力的に描いているところが
恩田さんらしいです。

音楽を言葉で表現する。
多彩な表現が繰りひろげられて見事です。
しかしマサルの三次予選のメイン・ディッシュ
リストのピアノ・ソナタロ短調の長大なドラマになると
いささか辟易・・・
審査員である三枝子やナサニエルの視点が
はさみこまれると物語が引き締まります。

風間塵には「ピアノの森」のイメージが重なる。
「森に捨てられたピアノを
オモチャ代わりにして育った一ノ瀬 海(イチノセ カイ)」

直木賞選考委員・浅田次郎の講評

「想像力が非常に豊かなので、
ともすると言葉の洪水になって、
テーマがそれてしまったりする。
今回は散らからずに、畳んでくれた。
結末の予想はついたが、
ヘンなことしないで終わってくださいよ、
と思っていたら、終わってくれた。
見事な着地でした。」

私がブログを始めた10年ほど前には
恩田陸を愛読しているファンの方たちが
すでに大勢いて
「散らからずに畳んでほしい」
「へんなことはしないでほしい」
という感想をよく見かけました。
恩田さんは『夜のピクニック』にさえ
ミステリーやホラーの要素をいれようと
当初は思っていたそうです。
(入れないでくれてよかった!)
浅田先生は恩田陸のよき理解者でいらっしゃいますね。

以下、登場人物のおぼえがき


養蜂家の父とともに各地を転々とし
自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳。
かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇し
CDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、
表舞台から離れていた栄伝亜夜20歳。
完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される
名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンで
コンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。

塵が触媒としての役割しか持たなかったのが
ちょっと残念。
でもそれは別の話として書いていただければうれしい。

☆チョコレートコスモスの続編も早く読みたいです!

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2016/09/23
  • メディア: 単行本



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『希望荘』 宮部みゆき [読書]

「杉村三郎シリーズ」の第4弾。

「ひょこっととんでもないものに取り憑かれて、
とんでもない事をしでかす羽目になる」

魔が差すということの恐ろしさ。
当事者、そして関係者、
周りを巻き込み波紋を広げていく。

悪魔のささやきに負けてしまった人たち。
しかし「希望荘」の武藤寛二は踏みとどまった。
苦労に押しつぶされて曲がったりはしなかった。

こういう人物を描き出すことができるから
宮部さんの作品は信頼できる。

『ソロモンの偽証 第3部』の文庫本に収録されている
『負の方程式』には杉村三郎が出てきます。
この短編を読むと、あのあと本当に探偵になったこと、
どのような場所にどのような事務所を構えているかは
知ることができるのですが、
では、どのような経緯でこういう着地点に降り立ったのか
宮部さん、そこのところを早く読ませてと思っていました。

この本でそれは明らかになります。

探偵になるには調査機関とのつながりが必要になる。
<オフィス蛎殻>
切れ者の若き所長は魅力的です。

大地主の竹中家の人々もおもしろい。
そして「睡蓮」のマスター!
これはドラマ化を見据えた展開なのかな・・・
(本田博太郎さん好きです)

「事件が起きてから後始末をするのではなく
事件が起きるより先に
少しでも事件を食い止めるような働きをしたい。」

杉村三郎はあいかわらずお人好しで優しく
調査のためにつく嘘もやわらかです。

四編からなる短編集。
表題作「希望荘」がお気に入り。
理不尽な仕打ちで人生を狂わされ
それでも地に足をつけ生きてきた。
そんな男が人生の最期につぶやいた謎の言葉が
波紋を呼ぶ。真意はどこにあるのか。

「地道に働き通した市井の人に捧げる、
これは最高の墓碑銘だろう。」

彼の過ごした真っ当な人生は家族をも救う。

希望荘

希望荘

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/06/20
  • メディア: 単行本





 


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『鹿の王 上・下』 上橋菜穂子 [読書]

ラストシーンがとてもよかった。
救いがあります。
欠け角のヴァンと天才的な医術師ホッサル
立場の違う二人の主人公が魅力的です。
きかんきの幼い女の子ユナもかわいい。
サエは自由に生きることができるのでしょうか。

貧しい氏族に迎えられたヴァンが
一族に馴染んでいき、その知識と働きぶりで
かけがえのない存在になっていくところが好きです。

「ただ生きているだけの虚ろな何かにすぎなかった」
生きることより、死ぬことに熱心な
哀しい死兵であったヴァンが
故郷のトガ山地で暮らしていた頃の
生まれながらの狩人であり
飛鹿(ピュイカ)とともに生きていたヴァンに戻っていく。
暮らしぶりのていねいな描写のなかで
すさんだ心が息を吹き返していく様子にホッとします。

それでもヴァンの怒りと悲しみは癒えることがない。
「長く生きられる命と、長くこの世にいられぬ命。
いったい何が違うのだろう。」
「なにをしたわけでもない幼い息子が、
なぜ、あれほどあっけなく逝かねばならなかったのか。
病はなぜ、あの子と妻を選んだのか・・・」
「それを思う度に、この世の理不尽に、
息苦しいほどの怒りを覚える。」

しかし、ヴァンの怒りも変化していきます。 

「雑多な小さな命が寄り集まり、
それぞれの命を生きながら、
いつしか渾然一体となって、
ひとつの大きな命をつないでいるだけなのだ。」

ウイルス関係の説明のややこしさが
物語の流れを阻害しているように感じる。
ファンタジーの世界観を壊さないために
現代医学の言葉を避けて説明しなければならない
という縛りがあるのかもしれないけれど。

気に入っているところは多いのですが
どうにも消化不良のような読後感が残ります。 

最後の山場も、そこにいたる道筋や
首謀者の彼の描写が駆け足すぎた気がする。

lbl レンガ.gif

強大な帝国にのまれていく故郷を守るため、
死を求め戦う戦士団<独角>。
その頭であったヴァンは、奴隷に落とされ、
岩塩鉱に囚われていた。
ある夜、ひと群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、
謎の病が発生する。
その隙に逃げ出したヴァンは幼い少女を拾う。

一方、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、
医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。

感染から生き残った父子と、
命を救うため奔走する医師。
過酷な運命に立ち向かう人々の“絆”の物語。

lbl レンガ.gif

死に場所を探してさまよう男がなぜか生き残る。
死闘をくりひろげた戦地で。
獣におそわれ謎の病を発症し
すべての人が死に絶えた岩塩鉱で。
屍の中でもう一人だけ生き残ったのは幼い子ども。
ヴァンは幼子をつれて岩塩鉱を脱出する。

かつて古オタワル王国を滅ぼした疫病・黒狼熱(ミツツアル)
岩塩鉱の人々を死に至らしめた病の症状が
黒狼熱(ミツツアル)に似ている。
生き残った者の身体を調べることで
病の原因と治療法、感染拡大を阻止する手立てを
導き出せるのではないかと
医術師ホッサルは考える。

「生き残った者」の資質に目をつけ、
父子を追っているのは
アカファ王の網・アカファの後追い狩人<モルファ>
だけではなく、ほかにもいるということが
読み進むうちにわかってくる。

支配する国と属国。
同じ民族でありながら
犠牲を強いられる氏族の怒り。
さまざまな思惑が入り乱れ
事態は混沌としてきます。
(そして私の頭の中もこんがらがっていく・・・)

幼い時から「飛鹿(ピュイカ)」を扱い、
「飛鹿(ピュイカ)」を乗りこなしていた戦士が
扱いを手ほどきして信を得る。

<暁(オラハ)>と再会するシーン
躍動感あふれる文章が素晴らしい。
「飛鹿(ピュイカ)」と生きていたヴァンの
ひとつひとつの細胞が沸騰するような喜びが
ストレートに伝わってきます。

「この速さ、この音、この振動。
このすべてを愛してきたのだ。」 

*

以下、おぼえがき 

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タグ:上橋菜穂子

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